ロータリアンの広場


一生成香No40「終わった人」の品格ある衰退を
2730地区 PDG 菊地 平(ジャパンカレント・ロータリーEクラブ)
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2730地区 PDG 菊地 平

 定年って生前葬だな〜〜と衝撃的な文章から始まる内館牧子のベストセラー「終わった人」を読まれた方は多いと思います。「あとがき」はこうなっています。
 定年を迎えた人たちの少なからずが「思いっきり趣味に時間をかけ、旅行や孫と遊ぶ毎日が楽しみです。」〜〜でもこんな毎日がすぐに飽きることを、本人たちはわかっているはずだ。だが社会はもはや「第一線の人間」として数えてはくれない。〜〜とあります。

 さて、3月25日、宮崎県南部分区IMが、南郷プリンスホテルで南部分区・日南中央RC主管にて開催されました。
 この分区はここ10年間会員数が激減の複合連鎖で、主管された日南中央RCは32名が8名という大ピンチに、存亡の危機を経験されていました。IMは習慣的に3クラブ持ち回りで開催されてきましたが、クラブからガバナー補佐を輩出されているという経緯から今回のIMを請けられたのでした。
 先年RIの規定改変を幸いとして積極的な改革に取り組まれました。事務局も事務員も廃止して、シヤッター街と言われた中心商店街の空き店舗を月1万円で借り受け、例会場を兼ね、事務局も時間パートに、例会は第一火曜の昼と第三火曜の夜の2回。会費は入会金を0円、月会費を8千円へと思い切った改革でした。
 中小都市の商店街活性化が叫ばれて久しいのですが、夜の例会日は例会終了後、近場のお店での懇親会へ、商店街活性化協力はクラブ自身の活性化へと繋がって行きました。
 IM主管に向けての取り組みは、そのままクラブ活性化と会員増へと現われて11名・2ケタとなったのです。

 日南市長を来賓に、押川ガバナー、日南RCは18名、串間RCは6名共に会員数の6割方、一般市民が10名、日南中央は全員11名計45名の参加者でしたが、何より主管クラブ11名が心一つになっての事業でした。当日は市内の有名な桜まつりと重複しましたから市長も挨拶の掛け持ちで忙しく見えました。  講演内容は、「真のロータリアンを目指して」副題に「退会から再入会の軌跡」としました。日南市の最大の偉人「小村寿太郎」の功績は「ポースマス会議」「日露講和条約」締結に代表される外交官ですが、その1905年は我がロータリー創立の年でもあったのです。  ポリオのVTRも上映されましたから、ポリオの事を〜ポリオワーカーの必死の覚悟の支えあっての事業です。寄付も大事、事業の理解も大事です。
 しかし、パキスタンのノーベル平和賞受賞者マララの平和への思いとは程遠く、今のような世界の紛争状況ではポリオの終焉は難しいと思われます。

「戦車を造る事は簡単なのに、なぜ学校を作る事は出来ないのでしょうか?」「ライフルを手渡す事は平気なのに、なぜ一本のペンが渡せないのでしょうか?」肺腑を抉るような国連での名演説を紹介しながら、平和の有難さを改めて一緒に考えた事でした。
 わが地区は全国でも稀な事業としてグローバル補助金を使ってインド3000地区とのマッチングを行いましたから、財団寄付金の有効活用を解説しました、終始その事業を支えた立役者は我が2730地区Eクラブ戸高会員なのです。
 米山奨学会の事は都城出身の島津元理事長の話へと多岐にわたりました。特に一般市民の方にも判るようにと心がけたのでした。

 しかし、何といってもIM成功体験は日南中央RC全会員の琴線に触れて今後の発展の原動力になる事は間違いないと思います。一般市民を迎えてという場面では11名全員が「キビキビにこにこ」の動きに見て取れました。  実は10年前この分区・串間RC20周年記念の時に講演をさせていただきました。当時の会員数は24名〜それが現在は13名で、例会は月2回と簡素化への選択をしておられます。実はその時私は、既に倒産退会の身分でしたがそれでも講演をとの指名だったのです。その時の演題は「出会いときめき・魔坂の人生」でした。  当時の串間RC20周年記念大会は会場いっぱいの活気に満ちたものでした、今回のIM参加で会員からは、改めて会員激減の現状打破という気持ちが等しく芽生えたと、そして私の再入会の経過を参考に、元会員への再入会を声掛けする、という感想などもあり、私自身得難い時間となりました。

 ここで、冒頭に返ります。
 私のように、れっきとした後期高齢者ともなると世間からは「第一線の人間」とは数えてくれません。ならば、趣味や孫との日々がどれほど楽しみか、それを声高に叫ぶ事で、自分を支えるしかない〜〜という事です。そして著者は、還暦を迎え、友人知人も次々に定年を迎えた。同時にクラス会やサークルOB会など数々の会合が頻繁に開かれるようになって、楽しみに出席していた。その時、それらの会でふと気づいたのである。  「若い頃に秀才であろうとなかろうと、美人であろうとなかろうと、一流企業に勤務しようとしまいと、〜人間の着地点は大差ないのね。」〜と。
 着地点に至るまでの人生は、学歴や資質や数々の運などにも影響されて、格差や損得があるだろう。だが、社会的に「終わった人」になると同じである。
 「重要なのは品格ある衰退だと私は思います」「衰え、弱くなる事を受け止める品格を持つことである」〜と結ばれています。
 この言葉は、私にとって何よりの気づきでありました。「散る桜 残る桜も 散る桜」あと何回桜が見られるか?という思いと共に「終わった人」ではありますが、ロータリーとの関わりを維持しながら品格ある衰退をと心しているこの頃です。

(2018年05月02日)

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