ロータリアンの広場


ポール・ハリスあれこれ;日本訪問、夫妻の家、育った谷間の村

育った谷間の村(上)
2700地区 PDG 廣畑富雄(福岡西)
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2700地区 廣畑富雄PDG

 ハリスは、彼が育ったヴァーモントの谷間の村、ウォリングフォードを非常に懐かしむ。そしてここがロータリー運動の源泉だと記す。その場所はボストンから北北西に、4−5時間ドライブしたところにある。彼の育ったころは村だが、今は町になっている。私が訪問したのは、30年ぐらい前の事で、ハーヴァード大学に招かれていた頃だった。谷間の村と言うと、日本では、山が両側から迫る谷間を想像するが、そうではない。ゆったりした山々の間にある、広々とした、そして素晴らしい自然に恵まれたところである。

 ハリスの回顧録の序文の一部を、そのまま記してみたい(My Road to Rotary)。

 Two things seem to me important in my more than three score and ten years of life--- my New England valley and the Rotary Club movement.――The genealogy of my contributions to the movement goes back to my Valley, the friendliness of its folks, their religious and political tolerance. In a way, the movement came out of the valley. これを翻訳すると「自分の70年の人生で、二つの事が重要である。ニューイングランドの谷間と、ロータリークラブ運動である(ニューイングランドは、米国の北部の大西洋側で、ヴァーモント州を含む)。
 ロータリー運動の源泉をたどると、その谷間にたどり着く。人々の友情の厚さ、宗教的、政治的な寛容さである。
 ロータリー運動は、ある意味では、その谷間から起こったと言える。

 これに若干付け加えると、ハリスは田舎からシカゴに出て、弁護士を開業するが、家族もおらず、友人もなく、大変淋しい思いをする。ある日郊外の弁護士仲間を訪ね、食事を共にし、食後一緒に散歩に出る。その人は会う人ごとに(例えば商店主とか)、ファーストネームでお互いに呼び合う。欧米では、友人は名で呼ぶ、ファーストネームで呼ぶのが慣習である。例えばトムとかボブという様に。彼はそれを見て、育った故郷、皆が親しく、友情の深かった故郷を思い出しショックを受ける。これは1900年の事だが、それを契機として、その5年後にロータリークラブを創める。
 なおロータリーは、その後「ロータリー・モザイク」という本の題名が示すように(ハロルド・トーマス著)、モザイク状に変わるのだが、その源泉がどこにあるのか、それを知るのは大事なことと思われる。

(2018.12.27)

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