ロータリアンの広場 |
2730地区 PDG 菊地 平(ジャパンカレント・ロータリーEクラブ)
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2005年ガバナー月信を書き始めてより「一生成香」の冠を使って参りましてナンバーリングはEクラブの卓話の時から始めました。 メーキャップ頂いた会員の方で「一生成香」をお調べになった上でコメントいただいた方もおいででしたから、そこで改めてこのことを書いてみようと思いました。 宗教に無関心なことでは世界有数のわが日本国民ではありますが、あえて身近な宗教を問うならば、仏教がその優位を占めると思います。ほんのりと鼻孔をくすぐる線香とローソクの匂い、そして地の底から染み出るかのような読経の声。それを演出するのは、袈裟をかけた僧侶。仏道を成就せんと出家した人。 毎日毎日繰り返しの勤めをこなし、佛の道に仏と一体化することを旨とする人。 〜〜私達が持っている僧侶のイメージはだいたいこのようなことでしょうか? それを「お坊さん」「和尚さん」とすると陰と陽ほどの開きがでてきます。 そして私達を童心に還らせせた時、大きな慈愛を感じるのは、後者の方です。 私はその代表格ともいえる「良寛さん」が好きで「全国良寛会」に在って少しだけ勉強をしました。そこで出会ったのが「一生成香」でありました。 「一生成香」は良寛さんの座右の銘なのですが。 「生涯香りを成せ」と言われても、説明しにくいので私なりに解釈しますと次の「相田みつお」の詩がピッタリくると思うのです。 あなたが そこに ただいるだけで その場の空気があかるくなる あなたが そこに ただいるだけで みんなの心が やすらぐ そんなあなたに わたしもなりたい また、画家・山下清を主人公にしたドラマ「裸の大将」の主題歌「野に咲く花のように」でもありましょうか? 野に咲く花のように 風に吹かれて 野に咲く花のように 人をさわやかにして そんなふうに 僕たちも 生きてゆけたら すばらしい 時には暗い 人生も トンネル抜ければ 夏の海 そんな時こそ 野の花の けなげな心を 知るのです 良寛さんの人柄がイメージいただけたでしょうか? 良寛が44歳から59歳まで過ごした「五合庵」を新潟・国上山に尋ねてみました。杉林の山中2坪の清貧そのものが忍ばれる庵で大正3年に再建されたというものでした。雪深い長い冬をどうやって過ごしたのか、1996年の5月でしたが身も凍える思いで立ちつくしたものでした。 良寛はイタリアの聖フランチェスコの再来とも言われることもあって、2年後フェレンチェからアッシジの聖フランチェスコ教会も訪ねてみました。 聖フランチェスコは大富豪の御曹司に生まれながら、身一つで家を出て民衆に「清貧に生きよ」と説き、法王は彼に絶対服従を示し、多くの民衆の魂を救ったと言われています。 良寛は、口で念仏を唱えることも無く、人に説教することもありませんでした。いわゆる「宗教家」がするように、自分を一段高く持ち上げて「衆生を救う」と言ったり、また「人に教義を説く」こともせず、おごらず、いばらず、声高に言うこともせず、ただ清貧を運命として、自分の生き方を、身をもって教えたということです。 1827年、越後美人の貞心尼(文献によりますと吉永小百合似の美人)はかねてより聞こえていた良寛禅師を慕いて出雲崎に訪ねます。良寛69歳・貞心尼29歳初めての師弟となります。良寛没後に貞心尼によって書かれた「蓮の露」に等身大の良寛をみることが出来ます。 「炊くほどは 風が持て来る 落ち葉かな」の生活も、貞心尼に看取られながら座禅をしたままの永眠で、辞世の句と言われるのが「裏を見せ 表を見せて散るもみじ」です。貞心尼との相聞歌にはじめてあひ見奉りて
(2017年8月21日) |