ロータリアンの広場


「ウクライナ難民を思う」
2560地区 小山楯夫(新潟)
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2560地区 小山楯夫(新潟)
 岸田首相の特使として林外務大臣は四月初め、ウクライナから避難した難民を政府専用機の予備機に二十人乗せて帰国した。この内日本に身寄りの無い人は二、三人だ。手厚く支援していく、とのことである。現在、数百人の避難民を受け入れた様だが、どの位の人数を受け入れていくというのだろうか。敗戦・多くの災害を経験した我が国の政府は先ず、貨物航空機を用いてポーランドなどの周辺国に逃れていった避難民を、無条件で数千、数万人受け入れるべきではないだろうか。

こんな事を考えてみた。
 政府は都道府県を通して、ウクライナからの避難民を受け入れ可能な自治体に呼び掛けたところ、多くの自治体が手を挙げたそうだ。そして、空き公営住居など入居可能性を調査しているそうだ。然し、そんな時間の余裕はない。例えば、東日本大震災を被った町村も今ではある程度復興し、交通インフラも以前の様に戻り開通した。然し、元の住民の中には度重なる災害を恐れ、戻ることを躊躇していると云う。折角、生活インフラが復興したのにもったいない。 幾つかの市町村を指定してウクライナからの避難民を可能の限り受け入れて住んでもらう。新潟県では長岡市山古志村や柏崎市が受け入れに積極的の様だ。

 震災後の避難住宅は、撤去して何処に在るのだろう。十日もあれば組み立てられるだろう。そして、米国に在る様なコミュニティ(村)をつくり、リトル・ウクライナ・タウンを形成すれば、言葉・教育・仕事等々、到着したその日から安心して自力で生活出来るのではなかろうか。彼らは生きても、死んでも地獄である。受け入れ先の手厚い待遇などは期待していないと思う。安全の確保が第一だと思う。

 地元商店・スーパーマーケット・工場・農業などで無理のないパート・タイマーとして二・三人が一組になって町村の為、自立の為に有料で働いてもらう。そうすれば、言葉も速く覚えるだろう。子供達には、廃校や公民館を利用して教育や日本の生活・文化を教えてあげれば、将来親日派も増えるだろう。空き公営住居を探しバラバラに入居したのでは生活に不安が生ずる事になり、役所の管理・支援・ボランティア・通訳等々の活動も限度があり困難である。

 彼らは、いつまでも日本に居るわけではない。戦争が終わり、ある時期になれば帰国するだろうが、瓦礫の祖国に戻り、家も財産も肉親も失って変わり果てた町で再び地獄を見なければならない。本当に可哀そうである。幼い子供が肉親を失い、路上で放心状態になっている映像を見ると胸が痛む。一日も早い終戦、平和と復興を心から祈っている。
居ても立ってもいられずに書いてみた。

(2022.04.30)


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