ロータリアンの広場


財団の第2世紀(TRF in the second century)その1
2680地区 PDG 久野 薫(神戸東)
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2680地区 PDG 久野 薫

 2017年6月は財団創設100周年の記念すべき年であります。”世界で良いことをしよう。人々の心に触れた100年“は100周年記念誌タイトルの邦訳であります。ロータリーはこれまで、産みの苦しみと、変貌に伴う波紋の中で哲学を構築してきました。”愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ“と申します。”過去を正しく分析しなければ、未来を語ることはできない“(W.チャーチル、ロンドンRC)とも言われます。私たちは財団100年の歴史から何を学び、RIのこれからをどう考えたらよいのでしょうか。この機会をお借りして考えてみたいと思います。

第一次世界大戦と資本主義が落とす影
 第一次世界大戦前後、アメリカ国内でのポリオの大流行で、街中に身体障害者が多く見られました。こんな情勢下で、1919年、エリリアRCのエドガー・ダディー・アレンが「アメリカ肢体不自由児協会」(1967年からの“イースター・シールズ協会の前身)を創設して、ロータリーを挙げて支援する、大々的社会奉仕活動を展開したのです。このため個人奉仕か、団体奉仕かの大論争が巻き起こり、ついには決議23−34号採択で一段落する波紋を呼んだのです。

 また戦時下の1917年、アトランタ世界大会で当時の国際ロータリー連合会会長、アーチC・クランフが「国際親善理解のための基金を設立しよう」と語りかけて「ロータリー基金」が創設され、1928年にはRIから分かれた別組織となり、「ロータリー財団」<the Rotary Foundation(TRF) >と改名されました。と言っても「ロータリー財団」というのは、あくまで“RIの財団”であり、RIの方針に従って、教育、人道的な奉仕活動という、慈善事業のみを行うことを信託された、いわばRIの慈善事業組織であります。モットーは「世界で良いことをしよう」で、使命は「ロータリアンが健康状態を改善し、教育への支援を高め、貧困を救済することを通じて、世界理解、親善平和を達成できるようにすることである。」であります。

 しかし寄付金が思うように集まらず、しばらく開店休業が続きました。そればかりか他のロータリアンからはロータリー財団は、アーチ C. クランフのたわいもない夢物語にすぎないと冷ややかな目で見られ、1939年には財団解体論まで飛び出す始末だったのです。しかし彼は常にa longer look ahead(長期的視野)で財団の成長を見守った信念の人でした。財団への唯一の理解者はポール・ハリスだったと伝えられます。

(職業分類:病院経営・医師)
(2017.01.14)

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