ロータリアンの広場


ロータリー財団最初の寄付“26ドル50セント”の正史

2710地区 PDG 諏訪昭登(広島西)

諏訪昭登PDG

 私がロータリアンとして私的利用のため40年来蓄積した資料をもとに「ロータリーの歴史年表」を作成発表したのは2013年で、その時点で未解決だった一つが“26ドル50セント”の件でした。多くの著述された資料が全て一致せず、RI公式出版物の「奉仕の一世紀」でも1917年のカンザスシティ大会でホストクラブが剰余金を寄付したとありますがこれも基本的に年号、内容ともに明らかに間違いだと分かります。

 私は2012年にRI日本事務局を通じてこの件について確答を求めたところ10月10日付で“RI歴史とアーカイブ部”のSusan Hanf 女史から次のような返信がありました。「残念ながら詳しい情報がありませんが1917年6月18日から7月26日の間のいずれかの日にミズーリ州カンザスシティRCが26ドル50セントを提出しました。それはアーチ・クランフ会長が6月18日にアトランタ大会で提唱した“Doing good in the world”という目的の基金(Rotary Endowment)にどうかという言う示唆によるものでありました。これが提供できる範囲です。」

 落胆した私は調査作業を進め2017年7月、奇しくも私も参加したロータリー財団100周年記念アトランタ大会の直後に遂に確たる資料を発見しました。それは1918年6月24日〜28日カンザスシティで開催のレズリー・ピジョン会長年度大会議事録にありました。当時は大会議事録のなかにその年度の理事会議事録が含まれていて、その大会議事録333ページに次のような記述がありました。(源流の会所蔵の英文資料の私の訳と補足です)

「1917年7月25,26日にシカゴで開催の国際ロータリークラブ連合会(1922年までの名称=今は国際ロータリー)第一回理事会へミズーリ州カンザスシティRCがアーチ・クランフ会長への記念品代の残金26ドル50セントを届けてきた。理事会はこれをクランフ会長が提唱した“ロータリー基金”Rotary Endowment の原資として付託することを採択した」とあった。  これぞまさしく確証となる史実であり私は長年の胸のつかえが降りたと共に早速「ロータリーの歴史年表」を2017年8月改訂版として修正発表することができたのでした。

 ロータリー財団は当初賛同が得られず6年経っても700ドルの残高にすぎず、1928年ミネアポリス大会で5000ドルに達したのを機会に基金の名称を“ロータリー財団”と改めて、国際ロータリーから独立した財団組織になりました。財団の最初の補助金支出は1930年にロータリーの創設者ポール・ハリスからの寄付500ドルを国際身体障害児協会(後のイースター・シールズ)へ寄付したものと言われています。

 1947年1月27日、ポール・ハリス死去による“ポール・ハリス記念基金”に寄せられた130万ドル超の寄付で、1947〜1948年度から海外で高等教育を受ける18件の奨学金(後の国際親善奨学金)が授与されました。これを契機としてその後の財団の補助金制度の発展は現在RIの最優先事項たるポリオ撲滅運動など目覚ましいのはご存知の通りです。

(2019.01.24)


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