ロータリアンの広場


例会で君が代合唱(日の丸掲揚)史実

2710地区 PDG 諏訪昭登(広島西)

諏訪昭登PDG

 私がロータリアンとして私的利用のため、40年来蓄積した資料で「ロータリーの歴史年表」を作成して2013年版を発表し、数度の改訂で現在2017年9月改訂版がロータリー文庫その他へ収録されてご利用に供しています。長年の調査検証作業の結果、不明であった二件のうちロータリー財団への最初の寄付26ドル50セントについては2017年に正確な資料発見により修正済みであります。

 残る一件、君が代については「ロータリー日本50年史」はじめ多くの著述を見ても確実なものは無いので悩んでいました。最終的にいつも出てくる京都ロータリークラブの石川芳次郎会長に絞って京都RC事務局にコンタクトして、訳を話したうえで協力をお願いしました。京都RCでもこの件は不明であったようで、有力と見られる1930〜1936年度の週報に関連記述の有無を探して頂きたいという大変な作業を期間は問わずとは言え無理な要請をしたのです。数ヶ月ののち2018年9月、嬉しいことに事務局の膨大な週報の中から確証となる資料を発見してお送り頂きました。私の「ロータリーの歴史年表」を修正するとともに下記のように皆様のご参考に供します。

 1927年(昭和2年)この頃から日本は国際協調外交から侵略外交への転換が進み、1931年(S.6)には満州事変を惹起。満洲国を占拠独立させるなど全面的対中戦争への道を急進していた。諸外国の圧力強化に対して1933 年(S.8)には国際連盟脱退の事態となった。

 この状況の中で同年、京都大学の滝川幸辰(ゆきとき)教授の自由主義思想を理由に鳩山一郎文相から免官処分が通達され、教授団と学生らによる抵抗運動、所謂“京大滝川事件”が起こった。これが日本における軍部や右翼などによる思想弾圧表面化の発端と言われ、ロータリーに対しても同様問題が同時期に多発したと見られる。京都では9月18日に右傾団体の京都支部結成式があり、ロータリー排撃の決議をされて京都RCの石川芳次郎会長はその代表者と会談したとの記録がある。京都RCの1933年(S.8)11月1日週報には「国家社会党からロータリーはフリーメーソンの外郭団体だと決めつけた文書が送られて来た」とある。

 11月29日週報には「国家社会党京都支部長の逸見氏と数度の会見で毎月一回一定の例会で国歌(君が代)を合唱して国家観念の強調をすることで充分な了解を得てこの問題は解決した。」とある。そして12月6日週報には「例会の初めに“君が代”を合唱した。今後、毎月第一例会に“君が代”を唄うこととなった」とある。即ち1933年(S.8)12月6日第一例会から初めて“君が代”合唱が始まったことが証明された。(日の丸掲揚は記してないが常識的推察))。

 日本のロータリーが1940年(S.15)にRI脱退後、各RCは和風名称(京都水曜会等)に変えて例会を行い、戦後1949年(S.24)RI復帰後も第一例会では君が代合唱を続けられています。我々は戦前、戦中、戦後に熱くロータリー魂を継続した先達の努力を決して忘れてはなりません。

(2019.04.28)


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