ロータリアンの広場


「シェルドンの足跡を訪ねて」
2510地区 前職業奉仕委員長
玉井清治(函館亀田)
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玉井清治(函館亀田)

 ニューヨーク中心街からハドソン川沿いに北へ約120kmのところにキングストンという小さな町があります。 アーサー・F・シェルドンがシカゴ・クラブに愛想をつかして退会した後、彼はこのキングストンRCに帰郷しております。

  田中毅先生からこのお話を伺い、シェルドンの魅力を更に感じた私達は「シェルドンのすべて」を片手にRI2740地区駒井英基PGを団長として、ゴールデンウィーク10連休を利用し5名でアメリカへ飛びました。 せっかくなので、その前にシカゴに立ち寄ることにし、ループ地区に掲げてある2つの標語の銘板を探しに市内の壁という壁を探し回りましたがありません。現地から田中先生に連絡したところ、歩道に埋め込まれていることを知り、なんとか見つけることが出来ました。

 また、シカゴRCにもメークアップをし、駒井団長が素晴らしい英語で挨拶、ポールハリスとジーントムソンのカムリーバンク、ポールと彼の盟友シルベスター・シールの眠るマウントホープ墓地、エバンストンのRI世界本部などを、現地で出会ったタクシー運転手「カリファ氏」に料金交渉をして、あっち行って!こっち行って!とお願いしつつ何とか見学することができました。ひとつ残念だったことはシカゴクラブが初めて寄贈した公衆トイレの正確な設置場所をごく近くまで行きつつ直接確認出来なかったことです。

 その後、ニューヨークに飛び、翌朝キングストンにタクシーで向かいました。事前にキングストン・ロータリークラブ宛てメールを送り、マイケル・フィック会長と何度もやりとりした成果もあり、彼等はこの町に詳しい96歳になるルイス夫人とクリスティーン(女性地区ガバナー)とともに、シェルドンについて昼食をとりながら私たちを心から向かい入れ、質問に応じてくれました。ルイスさんは合うや否や、He profits most who serves best の標語の入ったシェルドンの肖像写真を私たちに見せてくれました。まず、最初にマイケル会長が「彼はキングストンの息子だ」と伝えました。

 何故ならこの町の道路をマンハッタンを形どるように整備し、ビジネスの倫理を伝えたサムライの精神を持った偉大な人物だったとのことです。「私達ロータリークラブもひとつのことに焦点を絞った奉仕をする、まるでサムライのようなクラブです」と自慢げに話されました。 シェルドンはこのルイス夫人のご主人の友達だったと彼女は話し、(アンナ夫人と娘ヘレンさんとはルイス夫人と直接交流があったとの事)彼はシカゴに単身赴任して、家族は昔からこのキングストンに住んでいた(夫人はこの地で町の有力者グリフィス家に生まれたので元々邸宅もキングストンにあった)とのことです。

 キングストンは、ハドソン川を通して水運にてニューヨーク市と近く、また逆に川の上流に開削された運河を介して五大湖との通商が盛んな街で、特にキングストン産のビル外壁に使用する緑色の大理石の販売が盛んであったとの事で、家族(おそらくご子息)を1921年にこのキングストンクラブに入会させ、彼はシカゴ・クラブを退会したあと、自分の家族が暮らすホームタウンはここだということで、このキングストンに帰ってきたということでした。病気という説がありますがそうでもないようです。息子さんが若くて逝去しましたが、どのようなことだったのか?との私の問いに、詳しくはわかりませんと彼女は答えました。後に彼はこのキングストンRCの名誉会員になりました。正会員でないのは間違いないようです。残念ながらシェルドンはテキサスで亡くなり、そして遺体はここに戻ってきたとのことです。

 ルイス夫人は昼食後、シェルドンの晩年暮らしていた家の前に案内してくれ、記念撮影、そして彼の眠るモントレポス墓地まで同行してくれました。シェルドンの墓標には(01MAY1868ー21DEC1935)と刻まれており、左にはアンナ・グリフィス(夫人03FEB1871ー04APR1958)とその隣には同性同名のアーサー・シェルドン(息子20DEC1899ー24MAY1929)左にはヘレン・シェルドン(娘12FEB1898ー26JUL1976)が仲良く眠っていました。彼の名前の上には「シェルドンのすべて」に書かれていたように「奉仕の三角形」が描かれていました。私達は彼の墓標に手を合わせ、功績に心から感謝を伝えました。

 更に彼女はシェルドンのことを語りはじめ、1921年のエジンバラ国際大会では、ポールハリスはエジンバラには行きたくなく、スピーチが堪能だったシェルドンに行くように命じたようです。そのあとロータリー・ブリティッシュ(現在のRIBI)とロータリーUSAが一緒になり、それはシェルドンの功績が大きいと大きな声で語り、マンチェスターイングランドのクラブを作ったのもシェルドンだったとのことです。シェルドンの考えは「人を助けることによってその人が幸福になる。人を幸福にすることが皆さんの財産になる」と彼女は語り、当時のシカゴのビジネスは汚職等腐敗しており、「倫理的に公平に正直に嘘をつかず仕事をしようではないか」。最後にそう言ってニューヨークに帰る私達に手を振って見送ってくれました。
  今回の訪問は内容の濃い充実したものになりました。視察するにあたり、ご指導いただきました田中毅先生に心より敬意を表します。

(2019.09.06)
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