ロータリアンの広場


新元号 令和の出典と解釈 1
2680地区 PDG 田中 毅 訳(尼崎西)

田中 毅PDG

 天平二年正月十三日 (現在の西暦730年2月) に、大宰師の大伴旅人の家に、国司や高官を招いて梅花の宴を開き、梅の花の歌、三十二首を詠んだ。  令和は、その歌会の冒頭の言葉から引用したものである。

 初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。
 加之、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて蓋を傾け、夕の岫に霧結び、鳥はうすものに封めらえて林に迷ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁帰る。
 ここに天を蓋とし、地を座とし、膝を促け觴を飛ばす。言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然と自ら放にし、快然と自ら足る。若し翰苑にあらずは、何を以ちてか情を述べむ。詩に落梅の篇を紀す。古と今とそれ何そ異ならむ。宜しく園の梅を賦して聊かに短詠を成すべし。



 私流に訳せば、次のようになります。

 初春の素晴らしい時期であり、空気は爽やかに、風は穏やかである。梅は鏡の前の白粉をつけた美女のように艶やかで、蘭は全身から高貴な香を漂わせている。
 更に、明け方の嶺には雲が漂い、松には薄絹を纏ったような雲がたなびき、夕刻には濃い霧が山の窪み一面に沸いて、鳥がその霧に閉じ込められて林に帰ることができない。庭には蝶が舞い、空には年を越した雁が故郷を目指して飛んでいる。
 天を仰ぎ見、地に座って、膝を近づけ酒を交わす。無駄な言葉は必要とせず、胸襟を開きあい、淡然と自らの心のままに振る舞い、お互いが快く満ち足りている。これを文章で表すとしたら、その心をどのように表現したらよいのだろうか。多くの落梅の詩があるが、昔と現在の詩どれほどの違いがあるのだろうか。この園の梅にちなんだ詩を作ろうではないか。

(2019.04.08)

===== 新元号 令和の出典 (2) =====

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