「アーサー F.シェルドンとウィリアム S.クラーク博士」
二人に共通した金銭感覚
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東RC)

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2510地区 PDG 塚原房樹

 ロータリーの原点は、ポール・ハリスの父祖の故郷、ニューイングランドのピューリタンの人々の生活信条が基となっています。ニューイングランドはアメリカ発祥の地です。またその生活信条は遠くピルグリムファザーズから宗教改革者のルターにまでさかのぼります。ロータリーでいう職業奉仕という概念は、ルターの「職業聖召観」に基づくもので経済的活動は宗教的活動の延長線上にありました。しかし時代を経てロータリー誕生の頃には、神の国を求める情熱が功利的実業倫理主義となっていったのです。
 厳しい職業倫理は、経済的発展に不可欠です。やがて「正しい手段で利益をあげることは、神のみ心にかなう。神はリッチになるなとは言っておられない」という解釈がなされるようになりました。
 「人が懸命に働いた結果、富を集めることになっても、それはそれでよいことだ」とピューリタンは伝統的に経済的利益の追求を是認していました。職業的成功、つまり貨幣の獲得はそれが合法的に行われる限りでは、天職における有能さの証であると考えられました。このように仕事の成功に向けて励むという態度が、合理的、組織的な極めて抑制のきいた行動をもたらしました。

 そこで、ロータリーの哲学者シェルドンと北海道におなじみのクラーク博士の二人を取り上げ、その金銭感覚の共通点を探ってみました。  アーサー・フレデリック・シェルドンと言えば、ロータリーに「サービス・コンセプト」をもたらしたロータリーの大恩人です。1908年にチェスリー・ペリーと共にシカゴクラブに入会しました。ポール・ハリスはこの二人の入会を「天祐を得た」と表現しました。チェスは国際ロータリーの初代幹事であり、ハリスは自分がロータリーの設計者(デザイナー)なら、彼はロータリーの組織管理の建設者(ビルダー)であると述懐しています。一方シェルドンは、シェルドン研究の第一人者、「源流の会」会長、田中毅氏の翻訳文献によりすでに皆さんはよくご承知のことと思います。
 彼はミシガン大学卒業後シカゴでビジネススクールを創立して、学生たちに教えたのは商業道徳の重要性でした。その頃のシカゴは弱肉強食の最悪な時代で、混沌たる実業界の状態を若きシェルドンは深刻に憂えたのでした。シェルドンはこのような初期資本主義の私利私欲が横行する中で、サービスの科学、すなわち「人に対しもっともよくサービスするものこそもっとも多く報いられる」“He Profits most Who Serves Best"というロータリーの主概念となったモットーを提唱したことは、皆さんよくご存じの通りであります。しかしこのモットーは当時から、世俗に過ぎはしないかという批判がありました。またシェルドンがいうところの報酬は、物質的なものかそれとも精神的なものかと問う人がいました。
 ハリスの自伝的ロータリーの回顧録、『ロータリーの理想と友愛』によると、「自分の信ずるところ、シェルドンは彼自身に関する限りいわゆる精神的報酬に主眼をおくものである。ただし彼の目的は最大多数の人々に最大限の幸福をもたらすにあって、その最大多数の人々は物質的利益に多くの関心を持つという事実を彼はよく認識していた。かつてニューヨークのロチェスターのある教会の聴衆に向かってシェルドンを紹介した牧師の言葉は、善意に出てしかも誤っていた。シェルドンのモットーは、金銭上の利益を欠くも、ただ正しいことをしたという精神的満足によりいっそう大きく償われるのであるといったからである。このようなことはシェルドンの本旨ではなかった。
 シェルドンは、その日の講演に与えられた時間の大半をその打ち消しのために費やせねばならなかった」
 このようにポール・ハリスは一貫して、シェルドンの標語も実業倫理主義をその中心とするものであると説いています。宗教は「神への奉仕」すなわち「自己滅却の世界」ですが、実業倫理主義にあっては利益追求の行為が、どのようにして世のため人のためになるかという思考なのです。金銭を卑しむという思想をシェルドンはもっていないのです。
 ハリスやシェルドンのロータリー観は世界のロータリアンを団体として眺め、平均的、一般的基準としての個人倫理の向上を目的としています。

 次にウィリアム・スミス・クラーク博士と言えば札幌農学校の初代教頭(明治9〜10年)として有名です。彼はポール・ハリスと同じく、ロータリーの故郷ニューイングランドの出身で敬虔なピューリタンでした。「Boys be ambitious:青年よ、大志を抱け」と英文で記されたクラーク博士の胸像は全国的に有名です。もう一つ、北大事務局の玄関横にクラークの直接の薫陶を受けた「初代総長佐藤昌介先生」という銘板をつけた胸像があります。佐藤昌介氏は北大の歴史そのものでした。
 札幌ロータリークラプのチャーターメンバーで初代から三期連続会長を務めた後、米山梅吉氏の推挙により第70地区ガバナー(1986-37)に就任しました。
 ロータリーの始祖、ポール・ハリスはニューイングランドでピューリタンの祖父母の躾のもとに、少年時代を過ごしましたが、札幌ロータリークラプの初代会長佐藤氏もニューイングランドから来たクラーク博士から、ピューリタニズムの教育を受けたことに、浅からぬ因縁を感じます。「青年よ、大志を抱け」という言葉は、クラーク博士がアメリカヘ帰国の際の島松における、あまりにも有名な別離の場面の言葉で、「馬上の訓言」という記録には次のように記されています。「見送りに来た教え子達と力強い握手を交わし『元気で常に祈る事を忘れないように』と力強い口調で別辞を述べ、ひらりと馬に跨ると同時に、“Boys, be ambitious!"と叫び長鞭を打ち振るい振り返り振り返り、雪を蹴立てて林のかなたにその姿をかき消された」この名文により、ボーイズ・ビーアンビシャスは日本中に不滅の金言となりました。
 しかしクラーク神話と言われる数々のエピソードの中で、事実に反しているものもあります。クラークが島松における別離に際してかなり長い演説をしたという話もその一つです。「青年よ、大志を抱け、それは金銭や我欲のためでなく、また人呼んで名声という空しいもののためであってはならない……」
 北大本部にクラーク博士の言った全文を教えて欲しいという照会が、今もあるそうですが、その人々が求めるのがこれなのです。『北大歴史散歩』(岩沢健蔵著)によると、この文章は、「北大略史」の中にあり、執筆者は北大予科の英語教師のポール・ローランド氏ということです。「金銭や我欲のためでなく…」以下の部分は執筆者の主観的解釈と見るべきでありましょう。それにクラークが金銭や名声を貴からずとする発言をしたという説は、内容的にもひどい誤りとあります。シェルドンが、ロチェスターの教会の牧師に真意を誤解されたようにクラーク博士も真意を誤解されていました。
 札幌農学校の開校式でクラークは学生に対し、壇上の黒田長官への注目を促し、諸君も努力次第では、長官の如くに名声と高い報酬を得る可能性があるのだと述べました。また農場における実習作業に対しては一時間五銭の賃金を支給し、労働と報酬の観念を教え、学科においても各科目別に第一等者に八円、二等者に四円と言う奨金を与えることを制度化しました。すなわち金銭を卑しむという思想を彼はもっていないのです。

 シェルドンはミシガン州ヴァーノンで生まれましたが、彼の理想主義は往時のフレンチ・インディアン戦争に従軍した、ニューイングランドの祖先達から受け継いだものです。  クラーク博士もニューイングランド出身で来札の15年前、アメリカ南北戦争(1861-1865)時の北軍の大統領リンカーンの奴隷解放の呼びかけに応じ、自ら志願して出征しました。「あの忌まわしい奴隷制度をこの地上から払拭したかった」と北軍が大義とした独立宣言の思想はクラーク博士の確固たるバックボーンとなっていました。
 クラークとシェルドン、ニューイングランドにゆかりを持つ二人に共通していることは、「富を自力で得たものは、神の特別な恩恵を得たものと正当化されている」という考えです。シェルドンは日常の企業活動の中で、利益が得られるからこそサービスができるのだという次元からサービスを説きました。職業奉仕とは自分も成り立ち、他も成り立つという思考なのです。

 クラークの発言として受け入れられるようになってしまった予科英語講師で宣教師でもあったポール・ローランド氏の全文をご紹介します。
 少し長くなりますが、なかなかの名文ですので興味のある方はお読みとりください。

“Boys, be ambitious!” 'It has become proverbial in the school.
“Boys, be ambitious!"
Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, nor for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for knowledge, for righteousness, and for the uplift of your people. Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.
This was the message of William Smith Clark.

 この小文を書くにあたり、残雪がわずかに残る北大キャンパスを訪れました。札幌が今日あるのは、クラ−ク先生を通して、ニューイングランドの気風が大いに貢献したのだと思うときに札幌はいっそう貴いものになります。

(2014.05.01)

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