『職業奉仕』
知る(to know)と成る(to be)
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)

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2510地区 PDG 塚原房樹

 今年度も、職業奉仕の講演の依頼を数多くいただいております。いつも思うことは先達が開発した職業奉仕の文献をそのまま、あるいは他人の言葉を孫引きして伝えることでいいのかという疑問です。自分の言葉で職業奉仕を語りたいと最近思うようになりました。ロータリーの職業奉仕の本質は、職業奉仕がロータリアンの生活の中に生かされてくるのでなければ、いかに理論に卓越していても無意味であります。<p>  以前(1977年)、私がロータリーに入会したころはロータリーの勉強をするということは大変なことでした。
 ロータリー運動の根幹である良質で優れたロータリーの思想・職業奉仕を学ぶために、当時入手の可能な限り内外の先達の文献資料を読み漁りました。「職業奉仕とは何か」を咀嚼して自信を持って語れるようになるために、古文献に埋もれて努力しました。そのころに比べるとネット社会の今は、いつでも簡単にどんな資料でも一瞬で手に入ります。昔の職業奉仕委員長さんは、限られた資料しかなく苦労しましたが、今はネット上に職業奉仕の情報は氾濫しています。PPTによる講演の内容も簡単にネットから「コピペ」できます。

 おそらく今はどこの地区の職業奉仕委員長さんも、職業奉仕に関する情報はネットから得られていることでしょう。熱心な方は、ネットをくまなくアクセスして内外の膨大な資料を蒐集され勉強されています。しかし職業奉仕委員長さんの役目は単なる資料の蒐集ではありません。職業奉仕を勉強するために委員長に選ばれたのではなく、職業奉仕の実践方法を会員に伝えるために選ばれたのです。
 職業奉仕は、知る(to know)にとどまっていてはいけない。成る(to be)に移らねばなりません。

 私たちは自分を中心として、その外側にあるもの---客観的に存在するものについて知るのを知識/ナリッジ/と言います。単に新しいことを知るのは知識が一つ増えただけです。何の発明も発展もありません。
 しかし自己の内側にあるもの、つまり物事の本質を学ぶのを知恵/ウイズダム/と言います。
 職業奉仕委員長さんの役目は、単に職業奉仕の知識/ナリッジ/の伝達だけではいけない、ロータリアンが職業奉仕を自覚して(to be)の段階に移ってもらわねばなりません。
 馬を水辺につれていくことはできても、馬に水を飲ませることは難しい、という言葉があります。
 いくら職業奉仕哲学を説いても、職業奉仕をいかに実践するかは、各ロータリアンの叡智に任されています。ではどうしたらいいのでしょうか。
 人は皆生まれつき仏性・叡智を持っています。しかし「珠磨かざれば光なし」という言葉のとおり、私は結局、職業奉仕とは各人の「自覚」「自我と非我」「ザインとゾルレン」の問題だと思います。紙数が尽きたようです。また機会があれば愚見を申し上げたいと思います。

(2014.09.08)

『職業奉仕』知る(to know)と成る(to be)
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