ロータリアンの広場


ポール・ハリスの選択的受容『天職とロータリー』
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
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2510地区 塚原房樹PDG

 1905年、ポール・ハリスがロータリーを作り始めたころ、シカゴの街には、「インチキ弁護士、やぶ医者、ペテン事業家」が横行していた。これらの人たちは、「3大疫病」と言われていた。ポールは「時代は挑戦している」と書いている。「昔は、事業家は金もうけばかりを考えていた。しかし、今は顧客、従業員、同業者、仕入れ先、一般の人々に対しても公正でなければならない」ポールはこのように職業倫理を強調した。    そしてこうも言っている。「社会に役立つ人間になる方法はいろいろあるが、最も身近でかつ効果的方法とは、自分の職業の中に見出すことができると。

 ポールはかつて、自分の祖先をたどるとピルグリム・ファザーズまでさかのぼることができると語っていた。ピルグリム・ファザーズとは、イギリスの清教徒(ピューリタン=プロテスタント)で、イギリスを追われて、メイフラワー号でアメリカにやってきた巡礼始祖達を指す。 ポールはこのような敬虔なキリスト教の家庭で育ち、プロテスタントの職業観をロータリーに取り入れた。それは職業への対処の仕方だけは取り入れるが、キリストの教えそのものは拒否するという、選択的受容であった。このために、日本に人もロータリーは抵抗なく受け入れられることになり、普遍性を持つことになった。ロータリーの成功の一つはキリスト教的色彩を抹殺したことである。成功の第二は、ブロテスタンティズムの特にカルビニズムの「天職」理念を取り入れたことだ。

 それでは「天職」理念とは何か。ルターもカルバンも職業に貴賤上下の区別なし、職業は神から授けられたものだから、これを汚してはならないと説いた。「祈りなさい、そして励みなさい」。禁欲的な合理主義に基づいて働くこと、その結果として得られる富を罪悪視する必要はない、というのがプロテスタンティズムの「天職」観である。 プロテスタントが出てくる前までは、アダムとイブが禁断の実を食べて楽園から追放された失楽園の世界であった。人間は罪深く、苦しい労働を運命づけられている。だから労働や仕事は苦役である。それは自由や幸福の犠牲だとされていた。 しかしプロテスタンティズムは、神から授かった仕事を成就する行為を推奨し是認する。これは、革命的大変化であった。ポールはこのような「職業倫理」をロータリー哲学に注入した。それは他の組織には見られない独特のものであった。

 それでは日本の社会風土に、天職理念はなかったのであろうか。答えはイエス、そしてノーである。が、どちらかといえば日本では、明治以前の時期には家業繁盛、家内安全、勤倹貯蓄の社会雰囲気が強かった。言い換えれば、私的自分を公的自分に発展させる社会的土壌がなかった。私益から公益へという視点は薄く、世のため人のためという社会的心情を裏付ける理念には乏しかったのではないかと思う。 というよりも、近代以前の日本では、町人や農民は、経済活動の中にそれぞれのレベルで互酬的あるいは贈与・交換の共同体的伝統を温存していた。したがって、私的なものは、公的なものと離れがたく融和している状態といえる。ロータリーは私的なもの、私益に始まるがそれが「天職」理念を通じて公的利益、すなわち社会貢献につながることを重視する。ロータリーは4人のプロテスタントの信徒達から始まった。

次回は、プロテスタントとカトリックについて触れてみたい。

(2019.10.31)

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