ロータリアンの広場


『アメリカのロータリーの底流にあるもの』
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
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2510地区 塚原房樹PDG

 ロータリーに入会して、馬齢を重ねて42年になりました。ロータリーから人生の哲学を学びました。日本はもちろん、アメリカにも多くの得がたい友人ができました。皆ロータリアンとして素晴らしい方々でした。 しかし、個人的には総じてアメリカ人の方がキリスト教的博愛思想で、今の日本人よりずっと親切だし、また奉仕活動にも熱心だと思っています。これは宗教的信仰によるということ以上に、アメリカ人に遺伝子として組み込まれている開拓者魂と表裏一体になっている荒野を生き抜く知恵・互助精神から発するものでしょぅ。

 こればかりは安穏な島国、村社会の日本とは全く発想の根源が違います。従って 奉仕と言っても、こういう歴史と風土の相違から、日本人の精神的奉仕観、例えば 無財の七施、布施・喜捨などと違ってアメリカ人の場合は、もっと具体的な物財と労力の提供という眼に見えるものが中心になります。一方、国の税制の面でもこういう奉仕活動に対する優遇措置が行届いていて、この点では日本などは、はるかに見劣りします。さらに精神的奉仕よりも物質的奉仕を優先させるもう一つの要因は、アメリカのロータリアンの底流にあるプラグマティズム=実利主義によるものです。

 日本のロータリーでは、あまりプラグマティズムを話題にしませんが、アメリカの哲学・プラグマティズムについて触れてみましょう。 南北戦争が終わって間もないアメリカで、新しい哲学が誕生しました。それがアメリカ発祥の哲学「プラグマティズム」でした。世界一の大国を牽引する政治家や起業家の多くに影響を与えたといわれます。ではアメリカ人の根底に流れるプラグマティズムの思想とは一体どういうものなのか。

 第一の特徴は、「唯一の真理」の探究を放棄するという点にあります。ギリシャ哲学のプラトンに始まり、デカルトやカントなど、古代から近代にかけて哲学は「唯一、絶対的な真理」を求めてきました。しかし、プラグマティズムはヨーロッパ的な古典哲学とは一線を画します。19世紀後半のアメリカでなぜそうした哲学が生まれてきたのでしょうか。19世紀後半から科学が発達し、資本主義も広がっていきます。それに応じて社会に多様性が生まれました。加えて宗教でもカトリックだけでなくプロテスタントも出てきて、真理が一つだといい切るのは無理があるのではないかと人々が感じ始めてきたのです。

 そんな時代に現れたドイツ人哲学者ニーチェの「神は死んだ」は、象徴的な言葉でした。唯一の真理を探究する従来の哲学を真っ向から批判する言葉でした。このようにプラグマティズムは反形而上学的な哲学思想であり、精神的なものより形而下の実践を重視する哲学でした。 かつてロータリー思想はキリスト教のバイブル、仏教の経典と同じように社会の状況の変化にもかかわらず、すべての実践活動の背後に横たわる基本的価値判断でした。しかし現在のRIにあっては、原理より実践のスローガンが掲げられるようになったのは、一貫してアメリカ社会の底流にあるプラグマティズムの影響でしよう。 次回は、日本のロータリーはアメリカのロータリーと乖離しているといわれますが、 ロータリーを形而上学的にとらえてきた日本のロータリアンの東洋哲学とアメリカのロータリアンの底流にある形而下的な哲学、プラグマティズムの違いを考えてみます。

(2019.12.12)

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