ロータリアンの広場


「奉仕のアウトソーシング」
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
PDF版 ダウンロード

2510地区 塚原房樹PDG

 ロータリーが生まれた、20世紀は資本主義経済が興隆爛熟した100年であったといえる。産業革命後の自由競争は優勝劣敗、弱肉強食の世界で、結果として格差が生まれる。更にその格差がまた格差を増幅していったのである。当時のヨーロッパでは、都市化、人口集中、労働条件の悪化などから過酷な労働環境で生活する労働者階級が生まれていた。 19世紀半ばに、カール・マルクスは見事な経済学的予見をした。彼はその見識に基づいて。労働者階級と資本家との争いは次第に暴力的になり、最後に前者が必然的に勝利し、資本主義体制は崩壊すると予測した。

 イギリスやフランスやアメリカといった、産業革命の先鋒だった国々で「革命」がはじまり、それが全世界に広がるとマルクスは確信していた。ところが「資本主義者も字を読める」ことをマルクスは忘れていた。彼らも資本論を読み、マルクス流の分析の方法やその見識の多くを採用した。そしてマルクスの経済学に猛烈に反発した筋金入りの資本主義者たちでさえ、マルクスの知見を利用しながら、それに倣って自分たちの行動を変えた。イギリスやフランスの資本主義者は、労働者の待遇を改善し、福祉政を導入した。おかげで資本主義は「革命」を免れることができた。 だから二十世紀は自由開放市場主義経済と公的・私的慈善事業の世紀だったと言ってもよい。

 慈善事業は宗教的または道徳的動機により、資本主義以前より古くから社会的に賞賛すべき善行として存在している。然しそれはあくまでも個人個人の善意によるもので、それぞれが分に応じて喜捨することによって成立っていた。ところが万人平等の自由競争、市場経済が想像を絶する様な巨大なものになり、それが国際的な格差にまでなってくると、通常の市民による個人的善意などでは手が及ばなくなってしまう。 そこに生まれたのが「他人の金を集めて善行をする」というフィクション(虚構)である。然もこのフィクションは公的国家的なものはもとより、民間組織であっても、一見建前はまことに立派であって申し分ない……だから虚構というのだが……。 RIも非営利組織となり構成員の金を集めて奉仕する、奉仕請負業となった。つまりロータリアンは自分自身の寄付を、ロータリー財団にアウトソーシング(外部委託)して奉仕の代行をしてもらうようになった。

 ただし、そこに問題がある。他人の金を他人のために使う場合、少数の個人が金を集めて、これをお互いに自分たちの知っている人に託して使うという場合には、金の出し手と受益者と受託者との関係はお互に顔が見えている。だから何も問題は起こらない。問題が発生するのは、そういう善行を志す人々の組織が大きくなり、顔の見えない仲間が主体性を持つ様になった時である。組織が大きくなって金の流れが見えにくくなる程不祥事の発生も多くなるし、その規模も大きくなる。勿論そういう大組織ではそれなりに規則も作り情報も公開している。 しかし、今度は情報というフィクション(虚構)も発生する。そしてこの情報統制の「ウソ」は金の出し手と受け手とその運用組織との個人的関係が稀薄になるほど大きくなってゆくものである。そもそも人間は、互に顔の見える相手との関係があって初めて人間らしくあるという存在で、顔が見えなくなる程自己中心的になる。

 そこに経済先進国の繁栄に潜む壮大な虚構がある。組織とは言うまでもなく人間の集団である。しかも大きな組織を維持運営するための必要経費は自分が払うわけではない。みんな自分の腹が痛まぬ他人(ひと)の金である。 その虚構の最大のものが国連を頂点にいただく多くの国際組織だが、最近、コロナを巡りWHO事務局長の発言が中国寄りだと問題になっており、国連について、批判の声が聞こえてくる。日本では国連というと、「世界平和に貢献する」素晴らしい組織だとの幻想があるが、国連というのは第2次世界大戦で日本、ドイツ、イタリアに勝利した戦勝国連合であり、第2次世界大戦の勝敗の結果を固定化するために組織された。 My ROTARYによると、ロータリーは、国連の特別機関の多数を監督するために、非政府組織として最高の位の諮問資格を与えられている。国連の各種機関やプログラム、各委員会や各局との関係を維持し深めているのが「ロータリー代表ネットワークである」と記されている。 我々はNPOの構成員として、人道的奉仕を世界的規模で行うために、ロータリー財団へ「奉仕のアウトソーシング」することとなった。

(2020.10.30)

「奉仕のアウトソーシング」 PDF版 ダウンロード

「ロータリアンの広場」トップページ