ロータリアンの広場


「オリンピズムとロータリィズム」
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
PDF版 ダウンロード

2510地区 塚原房樹PDG

 2021年3月3日、現在の時点では、東京オリンピック・パラリンピックの海外からの観客受け入れについて、コロナの変異株もあり先が見通せない非常に厳しい状況の中で、慎重な判断が求められています。大会に参加する関係者、受け入れる都民・国民、双方にとって『安全最優先の大会』を実現し、アスリートたちが迷いなく大会の舞台に立つことができることをひたすら祈っております。

 近代オリンピズムの生みの親はピエール・ド・クーベルタンであり、国際オリンピック委員会(IOC)が設立されたのは1894年6月23日でした。ロータリーはポール・ハリスにより1905年2月23日に呱々の声を上げました。両者が目指したものは、初期資本主義の欠陥あふれる世相の中で、人間の尊厳の保持に重きを置く生き方を探求するものでした。 オリンピズムの目的は、平和な社会の推進を目指すために人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることでありました。 ロータリィズムの目的は「超我の奉仕」であり、他者に対する思いやり、他者へ手を差し伸べることです。ロータリーの根幹は精神的な概念であり、一人の男が仲間を大切にしようとする胸に響く波動が基本です。
(私と同期の曽我隆一PG・前橋 RCが訳されたチェスレイ・R ペリーの”Rotary’s Great Objective”「ロータリーの偉大な究極目的」より)

 私はたまたま、オリンピック憲章(2011年)を読んでいて、オリンピズムの根本原則とロータリィズムの根本原則に類似点があることを知りました。ロータリーの決議23-34の第1項、“Fundamentally, Rotary is a philosophy of life “「ロータリーは、基本的には、一つの人生哲学である」というこのフレイズは「ロータリーとは何か」というロータリアンの疑問に明快に応えてくれました。 オリンピズム「Fundamental Principles of Olympism」の第1項も、”Olympism is a philosophy of life”「オリンピズムは人生哲学である」とうたわれています。プラグマティズム(実用主義)の盛んなアメリカで、オリンピズムとロータリィズム両者の形而上学的宣言は注目に値します。

 また、オリンピズムの第6項には、「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」とあります。
 これに対して2019年度手続要覧の、RI細則第4条(会員の多様性)には、「各クラブとローターアクトクラブは、多様性を推進するような均衡のとれた会員構成を構築するよう努めるものとする。いかなるクラブも、ジェンダー、人種、皮膚の色、信条、国籍、または性的指向により入会を制約することはできない」とあり、オリンピズムと同じ会員資格が列記されています。

 私がロータリーに入会を許されたのは、1977年でした。したがって私が最初に手にした手続き要覧は1975年度版で、国際ロータリーの定款には、ロータリークラブは「以下に定める資格を備える男子によって構成される。すなわち、善良な成人男子であって、職業上よい世評を受けている者、そして有益な実業または専門職業の持ち主、パートナー、法人役員または支配人」とありました。つまり、ロータリーは成人男子による企業の管理者と専門職業人を中心とする厳しい限定会員制でした。 そもそも初期ロータリーは、対面的で親密で共同体的な集団(ゲマインシャフト)でした。個人の人格形成こそ最重要な課題でした。構成員は、自分たちの目標を達成するために、推薦されて集団に参加します。

 今、焦眉の問題は未来形成委員会の動向です。最終的にロータリーを世界に冠たる人道的なボランティア組織にしたいと言う狙いがあるのでしょう。そして、RIはローターアクターがロータリアンを指導していくような、ダイナミックな組織の若返りを図っています。かつての職業奉仕はどうなるのでしょうか。東京オリンピック・パラリンピックの開催はどうなるのでしょうか。

 老タリアンにとって「内憂外患こもごも至る」春です。

(2021.03.09)

「オリンピズムとロータリィズム」 PDF版 ダウンロード

「ロータリアンの広場」トップページ