ロータリアンの広場


「自由の重荷に心をハッキングされないように」
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
PDF版 ダウンロード

2510地区 塚原房樹PDG

 人はなぜ組織の権威にすがるのでしょうか。「自由の重荷」から逃げるために人は、カルト集団のようなものから政治結社、寄付を募る慈善団体、各種宗教団体に至る無数の結社やクラブに所属します。 エーリッヒ・フロムというドイツ生まれの社会心理学者の著作で、『自由からの逃走』というものがあります。この本を読んだとき、私は初めて学問というものに触れることが出来たような新鮮な感動を受けたことを今でも記憶しています。 この『自由からの逃走』という本は、1941年、第二次世界大戦が始まって間もなくの時期に刊行されました。全体主義の潮流が世界に広がっているという時代状況を背景に書かれたものですが、近代化によって共同体(コミュニティ)の絆から自由というものを手に入れたはずの人々が、なぜナチズム、ファシズムというような自由の価値とは正反対のイデオロギーを受け入れてしまうのか、受け入れてしまうどころか望みさえするのか、ということが心理学的な、精神分析的な手法によって描かれています。  そこでのキーワードが、「自由の重荷」という言葉です。この本の序文の中でフロムは、次のように述べています。すなわち、「自由は近代人に独立と合理性とをあたえたが、一方個人を孤独におとしいれ、そのため個人を不安な無力なものにした。この孤独は耐え難いものである。彼は自由の重荷からのがれて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性とにもとづいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる」というものです。

 ロータリークラブの誕生の発端も孤独からの逃走でした。1905年に、弁護士のポール・ハリスがロータリークラブを創設した動機が、大都会シカゴにおける孤独の重荷から逃れるためであったことを思い出してください。クラブとは「ふるさと」の地縁、血縁から自由となった個人が、都会の孤独の中で求める「ふるさと」に代わる拠りどころであり、自己の存在を確認する場でありました。遠くに消えた「ふるさと」は悲しいけれども、すでに崩壊した故郷を、我々は復元することはできないでしょう。個人の心が失われつつある現代社会で、今我々が為しうることは、ロータリークラブが「こころ」を持った創造的連帯として可能かどうかを考えることです。

 ロータリーの誕生はたしかに「孤独と自由の恐怖」からの逃走にありました。しかし私達がロータリーに心酔したのは、ロータリーが、ひたすら富と権力と名声を追い求める世俗の営みと全く正反対の志を持っていたからではありませんか。ロータリーは職業人の人生道場であり、自己啓発の場でありました。 そのロータリーが他人の金で奉仕するという、そんな世俗の営みと同じ軌道に乗り始めたら、もうロータリーの存在意義はありません。寄附を集めて慈善事業をやるだけの組織だったら俗界にいくらでもあります。ロータリーは宗教ではありませんが、やはり宗教に比肩し得る、あるいはあらゆる宗教を呑み込んだ・高次の精神的結社でなければなりません。 精神的結社としてのロータリーがダイバーシティを柱とした非営利組織となり、かつてのロータリーの栄光が失われるということが、避けられない事実となった時、その事実に対して我々はどんな態度をとるのか、その事実にどう適応し、その事実に対してどうふるまうのか、『夜と霧』の著者フランクルは、「その運命を自分に課せられた「十字架」としてどう引き受けるかに、生きる意味を見いだすことができる」と云いました。態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値であります。

 財団中心の非営利組織となったロータリーに対するロータリアンの態度は、フロムに倣って言えば二つに分かれるでしょう。一つは従来通り、ロータリーという権威への「依存と服従」、これは「権威主義的性格」と云われるものです。この性格の持ち主は権威を好みます。一方で「権威をたたえ、それに服従しようとする」と同時に、他方では「自ら権威であろうと願い、他のものを服従させたいとも願っている」。つまり、一般論として自分より上のものには媚びへつらい、下のものには威張るような人間の性格だそうです。 もう一つは自発的な創造が自我(アイデンティティ)を育てて、本質的な独立を目指していく道です。積極的に自由とその責任を引き受け、主体的に自分達の道を自分達の手で作り上げていくことです。このかけがえのない私が主体である、目的論的な「〜へ(向かう)」という積極的な自由のありかたです。それは安易な逃避や捨て鉢的な急進的革命よって状況を変えようとするのではなく、地道かつ積極的に新たな世界との関係を作り上げる具体的な努力によって、この耐え難い世界を変革してゆくことです。 今、我々ロータリアンが不安定な時代を生き抜くために必要なことは、何より「自由の重荷」に心をハッキングされないようにすることです。それが問題です。

“To Be or not to Be Hacked? ― that is the question.”

(2021.05.02)

「自由の重荷に心をハッキングされないように」 PDF版 ダウンロード

「ロータリアンの広場」トップページ