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SDGsと環境と道徳
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
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2510地区 塚原房樹PDG

 一時、官民を問わずブームとなった、SDGsは、国連が採択した世界共通の目標です。この計画は、人間と地球、そして繁栄のための行動計画です。そして、より大きな自由と、平和を追い求めるものでもあります。これらの目標とターゲットは互いにつながり分けられないものであり、持続可能な開発の3つの側面、つまり、「経済」と「社会」と「環境」のバランスを保つとあります。 しかし、生物学者・池田清彦さんは、キャッチフレーズの成り立ちに潜む矛盾を次のように指摘します。 「Sustainable(持続可能)」であるということは、そこで「Development(開発)」は止まるのが普通だし、その逆に「Development」を続けている限りは、「Sustainable」という状態にはならない。「Sustainable」でありながら「Development」をずっと続けていくことなんて、あり得ないわけだと。 だから可能なのは、「Sustainable Goal」か「Unsustainable Development」のどちらかである。後者は長期的にはいずれ破綻を免れない。

 現代資本主義はまさに後者の道を突き進んでいます。また、この「持続可能な社会」とは一体どのような状況を表すのかという公式の定義はありません。「より良い世界を築く」などと抽象的に表されていることに疑問が残ります。さらに、世界の持続可能性に最も必要であると考えられる、戦争撤廃に関する目標がないことも、国連の定める「持続可能な社会」とは何かを疑ってしまう要因です。 いまだ、世界はデカルトの物心二元論から脱皮できていません。デカルトにより、神の存在が抹殺されることになり、人間は、己の上にいかなる支配者も持たなくなりました。人間が神となったわけです。人間が神となることによって、人間はその向かうべき目的を失ってしまうと同時に、己自身を裁く倫理的な基準を失ってしまったのです。 神を失った人間は限りなく傲慢になりました。数億の動物達を殺したというより、生存を不可能にし、結局、己の種族を、己自身の手で皆殺しにしてしまうという悲劇に直面しています。「経済」と「社会」と「環境」のバランスを保つということは、画餅にすぎません。

 まず必要なのは、欲望の資本主義の過剰さを見つめ直すことです。年中無休や 24時間営業、翌日配送、洋服や食べ物の大量生産と大量廃棄。終わりなき競争とそれに伴う環境負荷。こんなことを続けていて、私たちは幸せになるのでしょうか。科学技術の恩恵を「速く多く作る」ために使うのではなく、働く時間を減らして、趣味や社会貢献の時間、友人や家族と過ごす時間を増やすために向けるべきではないでしょうか。持続可能にしようとしているのは未来の人間世界ではなく、現在の資本主義経済ではないかと疑います。欲しくもなかったものを欲しいと思わせ、資源や労働力を浪費している資本主義をどう変えるべきか、という議論が活発になされるべきです。     

 SDGsの計画に根本的に欠如しているものは、「足るを知る(知足)」、「清貧」という人間本来の生き方、すなわち道徳観(モラル)が欠如していることです。人間の欲求や欲望はとどまることなく、いくらでもわいてきてしまうため、今以上に求め続けるといつまでたっても幸せになることはできないでしょう。人間と地球環境の問題に欠かせない道徳観について、弘法大師・空海の言葉をご紹介します。

 四国の生んだ天才宗教家、空海は9世紀初頭の方です。日光は観音様の聖地でありました。山岳信仰の聖地である二荒山神社に、「それ境(きょぅ)は心(しん)にしたがって変ず」、「心境明恵すれば道徳はるかに存す」という空海の碑文があります。それを今の言葉に訳すと環境というものは、そこに住んでいる人の心によって変化していくものだ。だから「心汚れれば境すなわち濁る」ということです。環境というのはそこに住んでいる人々の心にしたがって変化していくものだ。だからもしそこに住んでいる人々の心が濁ってきた場合には、環境というのは破壊され、汚染されてくるものである。逆に「心は境にしたがって移る」 心というものは環境にしたがって移っていくものなのです。だから「境静かなれば心朗らかなり」。環境というものが豊かに保たれた場合には、そこに住んでいる人々の心がおのずから朗らかになってくるものである。人間だけではなく、草、木、意志も全てそれは繋がっている。それが「心境冥会すれば道徳はるかに存す」ということです。

 社会を離れて自然に帰るとき、その時にのみ人間は本来の人間性に変えることができるというルソーのあの主張は、根本的に正しいに違いありません。別な見方をすれば、「自然」は、私たちを生かしてくれているものであります。 人は大地の上で生きているのではなくて、大地に「生かされて」いるのではないか。

(2022.10.28)

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