ロータリアンの広場


「人生の次元」であったロータリー(その1)
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
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2510地区 塚原房樹PDG

 生活があって人生のない一生ほどわびしいものはないでしょう。将来のための努力や、人や社会に貢献する「人生の次元」は、「生活の次元」には特に役に立たないかもしれません。われわれがロータリーに入会したのは、「人生の次元」を価値あるものにするためだったのではないでしょうか。「どういう生活を送りたいか?」と「どういう人生を送りたいか?」では、答えが違ってくるでしょう。そして、生活を大事にするか、人生を大事にするかによって、生き方は変わるでしょう。

 生活があって人生のない一生は、何かもの足りないのではないでしょうか。日々の生活に追われるだけの生き方、退屈しのぎ・ヒマつぶしのような生き方、ただ楽しいだけの生き方では……。
ワーズワースの言葉に「思いは高く生活は単純に」。「人生には思いが常につきまとう。生活とは、食べて、寝て、起きるの 繰り返し」という言葉があります。

 別の言い方をすると、人間は二つの家が必要です。ロータリアンは2軒の家を持っています。「肉体の住まう家」と「心の住まう家」です。
1軒は肉体と心の安らぐ家庭(マイホーム)で、明日の仕事のエネルギー再生産の場です。もう1軒は「心の住まう家」です。そこは自己実現の欲求を達成できる非日常の世界です。人は、パンのみでは生きられない。心の糧が必要です。ロータリーは「心の住まう家」なのです。ソクラテスは明言しています。「君たちは食べるために生きているが、僕は生きるために食べている」。こんな当たり前のことを言ったために死刑になりました。

 ロータリーは私に、人は何のために生きるのかという「人生の哲学」を教えてくれた「非日常の世界」です。ロータリーは人生哲学を学ぶところであり、「心の住まう家」すなわち「人生の次元」といえます。それは「心の安らぐ家庭」すなわち「生活の次元」を超えた、あえて普段とは違う環境を自分で設定することによって作り出される「スペシャルな非日常」の世界です。
ところが、問題は「人生の次元」として我々が心から信奉してきた思想の殿堂であったロータリーが、精神性を棄てて形而下的な慈善団体になってしまったことであります。ミレニアム2000年を機に国際ロータリーはロータリー第2世紀への体制強化のために、情緒的自由結社からNPO(非営利組織)へと変わりました。

(2022.11.26)

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