ロータリアンの広場


「科学リテラシー」
2510地区 PDG 塚原房樹(札幌東)
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2510地区 塚原房樹PDG

 「科学リテラシー」とは、「人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、科学的知識を使用して結論を導き出す能力」のことです。では、なぜ「科学リテラシー」は必要なのでしょうか。 いまほとんどの民主主義国家では、高度な専門家である軍隊の最高決定権は、軍人ではなく、まったく軍事に素人の文民がもつことになっています。これをシビリアン・コントロールといいます。

 また「持続可能な開発」を目指す社会においても、民主的統制のシステムの確立のために、賢明な市民のシビリアン・コントロールが不可欠です。そこで重要になってくるのが、市民の「科学リテラシー」です。  SDGsの推進は人間のためだけではなく、「地球の仲間たち」のために、大金を払ってでも、痛みを我慢しなければなりません。これがしっかり理解できる・・・こうした市民の能力がないと真の歴史的転換は難しいでしょう。 ところが、科学リテラシーの低下はいわゆる「先進国」に共通の現象です。その最大の原因は、20世紀になって科学が進歩し、科学技術が高度に発展したため、逆にそれがブラックボックス化して、手元のコントローラーのボタンだけで動作します。 

 人々は、科学文明の一方的な享受者であるに過ぎず、それに甘んじています。その一方で都市の自然は貧弱なものになるばかりです。子供の時に満天の星空に流れる銀河を見ることなく大人になる者も少なくありません。模型飛行機や鉱石ラジオを作ることも殆どない、虫を追いかけたり、ドジョウを捕まえたりしたこともない。こうした自然体験、道具使用経験の不足が20世紀後半以降「科学リテラシー」の急激な低下を招いています。 例えば、アイヌの人たちも、アボリジニの人たちも、ネイティブアメリカンの人たちも、「自然の言葉を読む」という意味での、広い意味の科学リテラシーなら、豊かに持っていました。

 風の言葉。木の言葉。水の言葉。光の言葉。 雲の言葉。動物の足跡の言葉など。これらもの言わぬ自然の言葉を読む訓練は、自然とともに生きている人間にとって、これらを亡くしては生きていけない、親から子へ伝える基本的リテラシーでありました。科学を、21世紀の基本リテラシーにしよう。 そういう考えが今求められているのは、近代になって人間が忘れ、失ってしまった根源的基礎リテラシー、自然との対話能力を、もう一度とりもどし、新しい自然と人間の関係を築こうとする試みでもあります。 思えば、かつて私は、昆虫少年でした。

(2022.12.26)

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