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炉辺談話(102)

親睦と奉仕

ロータリー活動は、よく「親睦と奉仕の両輪」に例えられます。また、新年度になると、多くのクラブの会長さんは、クラブ運営の方針として「親睦と奉仕」を掲げられます。
今回は、なぜ、ロータリー活動には「親睦と奉仕」が必要なのかを考えてみたいと思います。

ロータリー活動を「親睦と奉仕」に分ける考え方は、別な言い方をすれば、クラブ内の活動とクラブ外の活動、例会活動と例会外の活動と言い直すことができます。

一人一業種で選ばれた、世に有用な職業に従事する職業人が、毎週の例会に集まって、何でも語り合える友情あふれた雰囲気の中で、お互いの事業上の発想の交換や、職業倫理の高揚や、人のため世のため何をすべきかを腹蔵なく語り合って、お互いの自己改善を図ります。
利害関係によって自由な発言ができなくなることを防ぐためのルールが、一人一業種制度なのです。

一般の学校ならば、教師と生徒が別れていますが、ロータリーの学問の場は違います。ロータリアンには卓越した事業の専門家がいますし、豊かな人生経験を持った人や高い倫理観を持った人がいますので、教師には事欠きません。討議する内容に従って、ある時は師となり、ある時は徒となって、クラブ例会を通じて、団体で人生を学びます。
それを可能にする前提として、ロータリアンはすべて平等でなければなりません。社会に出れば元請と下請の関係にあろうとも、医師と患者の関係にあろうとも、また大会社の社長と零細商店の店主であろうとも、ロータリーの発想交換の場では、まったく平等でなければなりません。

そのような雰囲気の中で行われる、会員交互の切磋琢磨によって、奉仕の心が育てられていきます。ロータリーではこの一連の作業のことを「親睦」乃至は「純粋親睦」と呼んでいます。いや、この一連の作業の中から「純粋親睦」が生まれるといった方が適切かもしれません。

「親睦」はしばしば「親睦会」や「同好会活動」と混同されますが、これらは「親睦」を深める手段であって、ここで言う「親睦」そのものではありません。これらの諸活動は「レクリエーション」として別に定義すべきです。

これが「親睦」すなわち、クラブ内の活動または例会活動です。

例会によって高められた奉仕の心を持って、私たちは、家庭、職場、地域社会、ある人は国際社会に赴き、奉仕の心を実践に移します。これを「奉仕」すなわちクラブ外の活動または例会外活動と呼んでいます。

この分類法の特徴は、奉仕活動を実践する前提として、奉仕の心を研鑚する例会を重要視していることです。

1927年にオステンドで開催された国際大会で、理事会の下に、クラブ奉仕、職業奉仕、社会奉仕、国際奉仕の4部門を置くことが決定されました。これによって、クラブ管理が組織化されて、奉仕活動の実践が楽になった一方で、ロータリーの奉仕の心を磨く場が特定されなくなったことから、例会が軽視される結果になりました。
委員会構成上「親睦」はクラブ奉仕に含まれていますが、奉仕の心を研鑚する重要な活動が、その他のクラブ管理のための委員会と同列に格下げされたことは、その後のロータリーに大きな影響を与えることになります。

ロータリーから職業奉仕の理念が希薄になり、人道主義に基づくボランティア活動一辺倒に傾きつつある昨今、例会出席よりもむしろ奉仕活動実践が強調される傾向が高まっています。奉仕活動の実践が例会出席の補填と認められる98年度の定款改正がそのいい例です。

奉仕の理念を研鑚する例会を軽視して、果たしてロータリーの理念を込めた奉仕活動の実践が可能かどうか、真剣に考える必要があるのではないでしょうか。