癌騒動記
60歳頃から始まった額の生え際の後退速度がめっきり速くなったものの、70歳になっても、極めて元気に飛び回っています。といっても、病気と縁がないわけではなく、50歳代後半からは、糖尿病との長いお付き合いが続いており、ガバナー・エレクトを仰せつかった直後(1995年夏)には狭心症の発作に襲われました。
始めて出席したガバナー諮問委員会後の懇親会で鱈腹呑んで、かなりいい機嫌になって、家内と一緒に電車で帰宅中、突然胸が苦しくなりましたが、すぐに治まりました。電車の通路に缶ジュースの空き缶が転がっており、電車の振動で前後にころころ転がっていました。サリン事件の直後だったので、「きっと、あの中にサリンが入っていたんや」と冗談を言いながら、そのことを忘れてしまいました。
その一週間後、診療中に、かきむしられるような胸の痛みと息苦しさに襲われて、近所の内科に飛び込みました。30分くらいで発作は治まりましたが、心電図の波形は滅茶苦茶。ただごとではなく、事と次第によってはガバナーを辞退せざるを得ない事態も考えられたので、精密検査を受けるためにH大学病院に検査入院しました。
心臓カテーテルによる検査の結果、梗塞や狭窄は全く見当たらず、異型狭心症と診断されました。その後、誘発テストや負荷検査を始め、いろいろな検査を受けましたが、いわゆる、ストレス等によって血管が痙攣を起して狭心症の発作を起すタイプで、これを予防する薬を常用しておきさえすれば、何の心配もないという事で無罪放免、これでガバナーを辞退する理由もなくなってしまいました。
ガバナーを終えた頃、立て続けに2回、血尿がありました。尿で薄められているとは判っているものの、大量の真っ赤な液体が止めどもなく放出され、身体中の血が全部流れ出るような恐怖感に襲われました。早速、友人のロータリアンのF医を訪れて精密検査をしてもらいましたが、腎臓、膀胱、尿道には全く異常はなく、特発性血尿と軽い前立腺肥大と診断されました。人間が極限に追い詰められた時、「血の小便」をすると言われますが、まさしくそれです。この病もどうやらストレスが原因といわれています。
私のことを、「言いたいことを言って、したいことをする」マイ・ペース人間と言う人がいますが、実は私は、常にストレスと戦っている弱い弱い人間であることを実証したわけです。
今年の7月下旬、愛猫のリラ(16歳)が急性の腎不全を起して、僅か3日で昇天しました。庭の片隅の埋めて、小さな墓標を立ててやりました。そのことがきっかけとなり、私には血尿の既往歴もあることなので、久しぶりに検査を受けたところ、血中クレアチニンは正常なのに、尿中クレアチニンが高いとの指摘がありました。早速、前述のF医師を訪れて検査をしてもらいましたが、尿中クレアチニン値はあまり意味がないとのことで一安心、ついでに前立腺の検査をしてもらいました。エコーで調べると左前立腺が1.5センチ位で、前回の検査時より肥大しており、その上何やら怪しい影が見えます。とにかく腫瘍マーカーの検査の結果を待つことにしました。
ところが、検査の結果、問題があるということで、F医師自ら、結果報告を兼ねて、私のクラブの例会にメーク・アップに来られました。
前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSAが13.5なので、前立腺癌の確率が強いということです。PSA 2以上で要注意、4以上で前立腺癌の疑い、10以上あると前立腺癌の確率がかなり高いといわれています。早速、MRI検査の予約を取ってもらうことにしました。
MRIの検査結果が届いたころを見計らって、再びF医師を訪れました。左前立腺は右に比べるとかなり腫脹しており、やはり異状です。ただ、周辺部に対する浸潤は全く無いことだけは幸いです。癌であるか無いかは、生検(バイオプシー)で直接調べるより他に方法はないので、検査入院の予約をお願いして、帰りました。
専門領域ではないにしろ、私も医者ですから、およその状態は察知できます。
@ 全ての状況から前立腺癌であることは、先ず間違いない。
A ただし、転移はないし非常に早期なので、命に別状はない。
B 今後のことを考えれば、放射線治療よりも全摘出の方がいいだろう。
C 量子治療も選択肢の一つだが、費用が・・・・
D 療養期間は1ケ月位かかるだろう。
ということで、9月中の予定はそのままこなすことにして、9月27日に大村で行われる職業奉仕セミナーの講師を最後の仕事にして、その後11月中旬までの予定を全てキャンセルする段取りに取り掛かりましたが、既にこの期間に入っている予定が11もあり、それを取り消すのは大変な作業でした。
9月8日、神鋼病院に検査入院しました。仙椎麻酔の後、婦人科でお馴染みの検診台の上で大股を開いた屈辱的な格好で、直腸全壁からエコーを見ながら前立腺の8箇所からサンプルを取ります。麻酔が効いているので痛みはありませんが、針が入って組織を取る時の衝撃は決して気持ちのいいものではありません。麻酔が効いているので、ついでに膀胱の内視鏡検査をしてもらいました。尿道を経由して膀胱を見るのですが、自分の体内をモニターで眺めるのも面白い体験です。尿道から膀胱まで何一つ炎症もなく、実にきれいな光景で、思わず「ミクロの決死隊」の映画を思い出しました。とにかく、膀胱に転移がないことが自分の目で確認できて一安心しました。
病室に帰って、麻酔が覚めたころから大変でした。なにしろ、狭い尿道から内視鏡を入れたり出したりしたものですから、排尿痛がひどく、そうかといって、行かないわけにもいかず、いつまでこんな状態が続くのかと不安でした。
前立腺癌を手術したロータリアンのY産婦人科医やO氏から、2−3週間で現場復帰が出来ること、どうやら、かなりの尿漏れが続いて、パンパースを穿く必要があること等々いろいろと術後の問題点をお聞きしました。術前に自分の血液を預血しておいて、手術の際、それを使うという話を聞いた直後、某病院で、前立腺癌手術中に大量の出血で患者が死亡したというニュースが流れて、少々不安になりましたが、私と同い年の天皇陛下も元気に現場復帰しているのだから大丈夫と、自分に言い聞かせました。
検査結果が告げられる運命の日がやってきました。家を出る前、愛猫リラの墓に手を合わせました。リラが急性腎不全で死んだから、私が検査を受けることを思い立ったのですから、大きな因縁があるのです。
11時の予約で30分前から待っているのに、12時になっても順番が回ってきません。いらいらしているところで名前が呼ばれました。
「癌細胞はありませんでした。単なる前立腺肥大と軽い炎症です。」
期待を裏切る、何たる結末・・・でも、よかった、よかった。
PSAが高い数値を示す例は、男性ホルモンが過剰だと、たまにある現象のようです。年は70歳なのに、男性ホルモンの量は40−50歳代ということでしょうか。これで、額の生え際が急速に後退する理由が判りました。
私の場合は例外として、前立腺癌の発見にはこのPSA検査が極めて有効ですから、一定年齢以上の方は、お受けになることをお勧めします。
ということで、私の身体は今のところ、不死身のようです。当分ロータリーをエンジョイできそうです。ちなみに10月にキャンセルした予定は全て復活し、毎日忙しく飛び回っています。
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