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炉辺談話(205)

ロータリー・モットー 

ロータリーが他の奉仕クラブと根本的に異なる点は、一人一業種からなる職業分類に基づいた職業奉仕理念が中核になっていることです。その根本となる考え方は、アーサー・フレデリック・シェルドンが提唱し、それを初期のロータリーがそのままロータリーのモットーとして採択した He profits most who serves best であることは、皆さまご承知の通りです。
He profits most who serves best の解釈については、何度か解説しましたので、今回は重ねて述べませんが、最近のロータリーの流れを見てみると、ロータリーの理論構築上、上位にあったこのモットーが疎んじられ、派出的なモットーである Service above self に代わりつつあるように思われます。

He profits most who serves best というフレーズが1911年のポートランド大会で大会宣言の結語として正式に採択された時点では、Service above self というフレーズはまだ存在していませんでした。ただ、この原型となった Service, not self というフレーズが、1910年に創立されたミネアポリス・ロータリークラブ会長のベンジャミン・フランクリン・コリンズによって、この大会のエクスカーションとして開催された、コロンビア川をさかのぼる船旅の中で、即興演説として語られました。大会議事録にも、「船上で、ミネアポリス・クラブ会長のベンジャミン・フランリン・コリンズが、ミネアポリス・クラブ運営方針に関する短い演説を行った」と記載されてします。従って、この大会で採択されたのは、He profits most who serves best だけであり、Service, not self がモットーとして共に採択されたという説は間違いです。

さて、コリンズが発表した Service, not self は、現在の Service above self とは全く異なった概念であり、彼のスピーチ原稿を概要すると次の通りです。
「ロータリークラブの組織では、なすべきことはただ一つであり、それを正しく始めなければなりません。正しく始めるためには、ただ一つの方法しかありません。 自らの利益が得られるかもしれないと思ってロータリーに入ってくる人たちは、間違った部類の人たちです。それはロータリーではありません。ミネアポリス・クラブによって採用され、当初から定着している原則が Service, not self です。会員同士が相互取引によって大きな利益をあげてきましたが、これには物理的な限界があります。従って今後はその対象をロータリアン以外にも広げる必要があります。」

このスピーチの内容を分析すれば、Service, not self という考え方は、当時、会員同士に限定されていた相互取引を、ロータリアン以外の人にも広げていこうということであり、「自分一人で商取引を独占するのではなく、他の人たちにも分け与える必要がある」という、He profits most who serves best に極めて近い考え方であることが判ります。
当時、会員同士の取引による物質的相互扶助がいかに激しかったかは、1911年に発行された全米ロータリークラブ連合会の会員名簿を見てもよくわかります。この会員名簿には、加盟各クラブの会長、幹事の名前、住所、電話番号が記載されていますが、それ以外の会員の名前は記載されておらず、それぞれのクラブ・テリトリーにおける著名な事業所の会社名、所在、電話のみが記載されている、いわば広告帳のようなものであり、もっぱら会員間の取引に使用されていたものと思われます。
また同じく1911年の全米ロータリークラブ連合会の委員会構成には、Local Trading; Inter-city Trading; National Trading という名前の委員会があり、それぞれ地域内、近隣都市間、全国レベルでの会員の相互取引を推奨していたことが伺われます。

この Service, not self は、元来、会員同士に限定されていた物質的相互扶助を、他の人たちにも開放しようという、現在の我々から見れば極めて当然なスローガンであったにもかかわらず、これを宗教的または人類愛に基づいた高次元な哲学的な意味を持ったスローガンだと誤解する人たちが現れました。Service, not self に「自己犠牲に基づく他人への奉仕」という勝手な解釈をつけ、更にそれを聞いた人たちが、「それでは困る、自己の存在を認めた上で、他人のために奉仕する」に変えてもらいたいということで、現在我々が慣れ親しんでいる全く別なスローガン Service above self が作られたと伝えられていますが、この Service above self というフレーズが誰によって、何時作られたかについては、その記録がなく不明です。一部にはシェルドンの作だという人もいますが定かではありません。

何れにせよ、この二つのフレーズがロータリー・モットーとして正式に採択されたのは、1950年のデトロイト大会であり、これ以降、この二つのモットーが定着し、文献やあらゆる場所で頻繁に使われるようになりました。

さて、ロータリー運動が職業奉仕理念の構築、実践を経て、対社会的なボランティア活動に変化する流れの中で、1989年の規定審議会で、Service above self が第一モットーに、He profits most who serves best が第二モットーにと、その立場が変わりました。

さらに、2001年の規程審議会で、あらゆるロータリーの文書や声明には、性限定用語を使わないという決議案が採択されたのを理由に、2001年6月のRI理事会は、He profits most who serves best を使用停止にする決定をしました。これはとんでもない話であり、このモットーは1950年の国際大会で採択された正式なモットーであると共に、決議23-34に、ロータリーの奉仕哲学および実践理論として明記されている文章でもあります。従って、規程審議会の議を経ずして使用停止にすることはできないはずだということで、私たちは猛反対のキャンペーンをしました。その結果、日本がこれだけやかましく言うのなら止めておこうということで、RIは急遽、使用停止を撤回しました。

しかしながら、2004年の規程審議会には、He を One に変えるという、RIからの提案が提出される予定です。私は、この提案には絶対反対の立場をとっており、2004年規定審議会に、「歴史上、理念上重要な文書や声明は原文を尊重すべきである」という決議案を提案いたします。シェクスピアやディッケンスの文章にHeという文字が含まれているという理由で、後世の人が勝手に変更してもいいのでしょうか。He profits most who serves best はシェルドンが作り、これをロータリーの奉仕理念として採択し、ロータリアンの心に定着している大切なフレーズです。性限定用語がどうこうという次元の問題で、ロータリーの職業奉仕理念が議論されること自体が情けないことです。