決議23−34採択の背景
1906年にドナルド・カーターによって対社会的奉仕活動という概念を導入したロータリークラブは、徐々にその活動を広げ、やがてその対象を身体障害児対策に集中します。その活動は、1913年に始まったシラキューズ・クラブによる身体障害児のリハビリテーションから始まり、1915年にはトレド・クラブによる肢体不自由児への教育事業を経て、エリリア・クラブによるオハイオ州身体障害児協会の設立、最終的には全米身体障害児協会の設立に発展していきます。 全米の多くの地方クラブが身体障害児対策に熱中し、さながら福祉団体か慈善団体の様相を呈してきたというのが、当時の実情でしたが、身体障害児に対する奉仕活動に熱中するあまり、その[奉仕]のあり方をめぐって論争が起こってきました。
職業奉仕派の人たちは、クラブ例会で会得した高い職業モラルに基づいてロータリアンの心に奉仕理念を形成させ、自分の職場や地域社会の人々の幸せを考えながら、職業人としての生活を歩み、その考えを業界全体に広げていくことが、全ての人々に幸せをもたらし、それが地域社会の人々への奉仕につながることを確信していました。もし、職業奉仕以外の分野で、奉仕に関する社会的ニーズがあれば、夫々の会員が個人の奉仕活動として実施するか、自分が属している職域や地域社会の団体活動として実施すればよいのであって、クラブはあくまでも、どのような社会的ニーズがあるのかを提唱するだけに止めるべきであり、社会奉仕活動の実践は、ロータリークラブが実施母体になるのではなく、そのニーズを世に訴え、それに対処する運動が盛り上がるような触媒として機能すべきであり、どうしても、地域社会に何かしたいのならば、職業上得られた
Profits から個人的に行ったらよい、という考え方でした。
これに対して、[奉仕活動の実践]に重きをおく社会奉仕派は、現実に身体障害者や貧困などの深刻な社会問題が山積し、これまでにロータリークラブが実施した社会奉仕活動が実効をあげていることを根拠に、奉仕の機会を見出して、それを実践することこそロータリー運動の真髄であり、単に、奉仕の心を説き奉仕の提唱に止まる態度は、単なる責任回避に過ぎないと反論しました。
職業奉仕派と社会奉仕派との論争は、個人奉仕と団体奉仕、さらに金銭的奉仕の是非にまで発展して、綱領から社会奉仕の項目を外すべきだという極論まで飛び出すほどの、激しい対立が続きました。特に大規模な事業に多額の金銭的支出を余儀なくされているクラブによる団体奉仕活動を、ロータリーの社会奉仕として認めるか否かが議論の中心になりました。
ロータリーの思考体系には、その原則を崩せばロータリー運動を成立さし得ない必要条件と、ロータリアンやクラブの考え方や行動に対して、その立場と善意を尊重して、容認することができる充分条件があります。奉仕の実践は、将にこの充分条件の分野に入る事柄なので、この際、従来から行われている色々な社会奉仕の考え方や行動を調和させることが、是非とも必要でした。ロータリアンが遵守すべき基本としてロータリーの綱領が定められていたものの、この綱領は奉仕活動の実践を規定するものではなかったのです。
相異なる二つの考え方の中で、当時の理事会は的確な結論をだすことができず、右往左往します。1922年、RI理事会はエリリア、トレド、クリーブランド各クラブより共同提案を受けて、決議
22-17を採択しました。
決議22-17
ロータリアンが身体障害児に対する関心を示し、かつ彼ら障害児に身体的矯正や外科的治療を施すことが有効な場合には、これを援助したいという意欲を表明していることに鑑み、国際ロータリー第13回大会は、各ロータリークラブが行っている、このような人道的活動を賞揚し、且つ本大会に出席している各代表者に対し、この問題に関する注意を喚起し、またこの運動が各クラブの地域社会に於ける奉仕の機会を提供するものであることを、それぞれのクラブに認識させることを決議する。
しかし、この決議を行った直後に開催された理事会では、職業奉仕派の立場を考慮してか、これと全く相い反する次のような理事会決定を行っているのです。
理事会決定
国際ロータリーは世界各国の身体障害児問題が重要であることを認め、各ロータリークラブの会員が何らかの形で身体障害児救済の事業に関係することを喜ぶであろう。然し、国際ロータリーは気のりしないロータリアンにこの種の事業に関係することを強制することは望ましくないと信じている。国際ロータリーはまた、ロータリークラブやロータリー会員が、身体障害児救済事業のような立派な仕事でも、これに全く夢中になったために、ロータリークラブの真の役割が忘却され、ロータリーの基本的で特色ある目的が見失われ、または忘れられるならば、それは望ましいことでもないし、またロータリー福祉のためにもならないものと考えている。
その後、エリリアクラブの強い要請を受けたポール・ハリスの働きかけによって理事会の態度が豹変し、1923年のセントルイス大会において「決議 23-8 障害児並びにその救助活動に従事する国際的組織を支援せんとする障害児救済に関する方針採択の件」という決議を提案する姿勢を示しました。このたび、大会議事録を入手しましたので、決議23-8の全文をご紹介します。
決議23-8
国際ロータリー理事会提案
今や数多くのロータリークラブやロータリアンが、オハイオ州やロータリーの計画として知られている基本的な身体障害児活動に対して関心を抱いている。 ロータリークラブはこの計画の下で、身体障害児活動に対する二つの方向からの役割において、有利な立場に立っているものと思われる。一つは職員の安全な協力と州や郡などの自治体の部局や職員の協力が得られることであり、もう一つは、身体障害児(および両親、保護者)に対する個人的な接触によって、これらの子供を正常で、健康で、自立できる人間にする機会を与えることができることである。
統計によれば、ロータリークラブが存在するすべての国で、18才以下の人口1000人に対して3人の割合で身体障害児が存在する。身体障害児に対する活動は、近代文明の恩恵を受ける者として、社会的かつ人道的な義務である。国際ロータリーは、身体障害児に対する活動をロータリーの主要な活動として、年次プログラム活動に組み入れるべきであることを、第14回年次大会において、決議する。
理事会の決定によってその義務が明記された身体障害児活動委員会として5人のロータリアンによる委員会が、理事会の承認の下で、毎年会長によって任命されることを決議する。理事会は、委員会に協力するために、身体障害児活動のための事務局を設置することを命じると共に、委員会と事務局の指針として、次の方針を採択することを決議する。
国際ロータリーは、ロータリークラブを通じて、次の提案を行う。
(1)米国の様々な州や世界の様々な国における身体障害児について、身体障害児に対する現況と立法上の措置を調査すること。
(2) 個々の身体障害児の必要性に従って、様々な州やその他の行政部門における立法上の措置に適した定型的な計画を立てること。
(3)身体障害児に対する関心を高めるために、様々な州や国の行政部門の中で身体障害児の福祉を促進することを目的とする協会組織を支援することを奨励すること。
(4)情報やアイディアの交換およびその他の実用的な方法によって、整形外科の振興を支援し、必要な研究の継続し、予防法を開発し、病院管理、設備、身体障害児の治療法の改善を図ること。
(5)世界中の身体障害児が高度な医学や外科手術や教育を身近なものに出来るように、その手順の標準形式を構築すること。
(6)すべての身体障害児に専門教育や職業教育を提供するために、身体障害児のための特殊学校を創設すること。
すべてのロータリークラブやロータリアンがこのプログラムに関心を抱き、それぞれの地域社会の必要性に従って、この活動に参加することを決議する。
身体障害児活動のプログラムを成功裏に達成するための資金を捻出するために、この活動を実践するためにすべてのロータリアンが1ドルの特別寄付をすることを決議する。
クラブ幹事は、クラブの会員からの寄付金を受けて、国際ロータリーの事務総長に送金する権限を与えることを決議する。事務総長は他の収支と、国際ロータリーが身体障害児のために行った活動に関する収入と支出を別個に記載し、理事会は毎月その口座の収支報告を行うものとする。国際ロータリーの年次大会において、会長と事務総長は昨年度の身体障害児活動の完全な報告を行うことを決議する。
注: この活動のために、一人当たりの1.00ドルの特別寄付金を要請すれば、結果として、北アメリカのロータリアンは少なくとも5万ドルを寄付することになって、この金額は身体障害児のための委員会および部局活動の2年分を賄うものと思われる。5万ドル以上を受け取れば、3年間の活動に備えることも可能であるが、最初の2年間の活動に使うべきである。
国際大会において、会長、理事会、地区ガバナーが提言することによって、北アメリカのロータリアンがこの寄付金を集めることが予想される。
約25.000ドルの年間費用は、部局の責任者、4人の速記者および事務局員、印刷費、通信費、文具、事務所賃貸料および諸経費、委員長・委員・部局の責任者が各州の組織を開発したり活動したりするための旅費を賄うものである。
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これは積極的に身体障害児対策を推奨するために、国際身体障害児協会の仕事をロータリーが代行すると共に、その費用を援助するために、国際ロータリーが年間1ドルの人頭分担金を徴収することを定めようというものであり、もしも、これが決議されれば、職業奉仕派が反論するのは当然としても、具体的な奉仕活動の実践と募金活動を国際ロータリーがクラブやロータリアンに強制することになり、クラブ自治権を巡って、収拾がつかない状態になることは必至でした。
この決議案に反対した人たちは、一大反対キャンペーンを行って代議員たちを説得しました。その結果、ナッシュビル・クラブのウイル・メーニアと、シカゴ・クラブのポール・ウエストバーグによって提案された決議
23-34の成立と引き替えに、国際ロータリーが決議23-8を取り下げることになって、ロータリー分裂の危機ははらんだこの論争に終止符が打たれたのです。
決議委員の指名を受けたメーニァとウエストバーグは決議 23-34をたった2日で書き上げ、この1,000語からなる決議は直ちに大会で皆に披露され、一言の訂正もなく採択されました。
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