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炉辺談話(31)

 「娘がアメリカ人と結婚して向こうに永住している関係で、アメリカに行く機会が多い。ニューヨークの雑踏を歩いていると、決まって道を尋ねられる。それも、アメリカ国内からニューヨーク見物に来ているおのぼりさんからである。東京や大阪で金髪の外国人に道を尋ねる日本人がいるだろうか。日本が国際化される日はまだ遠い。」こんなコラムを書いたのは、確か十年ほど前のことだったと思います。

 単一民族と単一言語を持つ国であるという幻想が見事に崩れ去ると同時に、国際化の波が押し寄せてきました。それでも、年功序列と終身雇用という戦時下の経済政策を踏襲し、外国との競争に打ち勝つために保護・規制政策と護送船団方式という、世界の市場原理と全くかけ離れたやり方で、自己満足しているうちに、冷戦の終了と共に、世界全体の流れは国際化を超えて、ボーダーレスの状態になだれ込んでしまったのです。国際化とボーダーレスとは全く異なった次元のものであり、国際化とはその字の通り「国」があって、「際」即ち国境も存在します。但し国と国との間で、例えばビザの相互免除や特恵関税などという法律を適用して、なるべくスムースに交流できるようにしようとか、学生を交換して外国との相互理解を深めようという、いわば過渡的な措置であったのに比べて、ボーダーレスは国境と言う概念を除いたものであるだけに、人や金や物の移動はもちろんのこと、文化や考え方や法律までもが世界的レベルで共通化するという、想像もつかない未来がすでに訪れつつあることを意味するのです。

 まず直接的に大きな影響を受けるのは金融かも知れません。日本が国策上1%の金利を固持しようとしても、アメリカが5%の金利を設定して、外貨預金が完全に自由になれば、資金は結果としてアメリカに流れていくだろうし、法外な手数料を取っている証券も同じです。

 文化や芸術や有益な情報の交流は良いとしても、有害な情報が及ぼす影響は甚大です。ある国では合法的な情報でも、別の国では非合法である場合もあるし、青少年に及ぼす悪影響が懸念されるポルノも、既にインターネットを通じて世界中に氾濫しています。国内法では規制できないこういった分野こそ、職業倫理昂揚と青少年活動のメインテーマとして、全世界のロータリアンが取り組むべき活動ではないでしょうか。

 物流も大きな影響を受けるに違いありません。現在アメリカではアウトレットを通じた商品販売から、インターネットによる通信販売に大きく流れが変わりつつあり、特に、家電製品、耐久消費財、衣服、寝具、航空券、建築材料などは、いろいろなネットワークから、一番安くて良いものを探して注文するのが当たり前となっています。メーカーから総代理店、商社、大卸、小卸、小売などという流れは日本だけのものであり、それぞれの段階で取る利益が、世界一高い品物を買わされる元凶であると同時に、多くの雇用を作り出して世界一低い失業率を生み出した功績ともなっていますが、インターネットによる購入が普及すると、消費者はメーカー、それも世界中のメーカー直接物を買うことができるようになるのです。
 さらに、インターネットを通じて物販をしている業者の中には、麻薬や銃を扱っている者すらあり、どんなに厳しい税関検査でもそれを完全に阻止することは難しいでしょう。

 物やサービスの価格は、提供する側が材料費と経費と利潤の計算から決めるのではなく、消費者が全世界の同じような商品やサービスの価格を基準にして決めるのであって、消費者にそれを選択させる情報が充分に行き渡る時代がやってきたのです。

 好むと好まざるに関わらず、21世紀とはそんな社会なのです。