ロータリーの綱領
炉辺談話284で「四つのテスト」の邦訳の問題点について、私見を述べさせていただきましたが、同じような翻訳上の問題点が「ロータリーの綱領」の邦文においても随所に認められるようです。いろいろな人が翻訳上の問題点を指摘しておられますし、東大阪みどりロータリークラブでは「定款第4条問題検討委員会」を作って、本格的に邦訳の見直し作業をされているようです。同クラブでは邦訳に当たって、いわゆる可算名詞と不可算名との使い分けにこだわっておられるようです。可算名詞はその名の通り数えることができる名詞で、単数形ならばa、anの冠詞がつき、複数形ならばs、esがつきますが、不可算名詞は冠詞をつけずに単数形で用い、その訳はかなり違ってきます。たとえばfellowshipを可算名詞として使えば「団体・組織」となりますが、不可算名詞として使えば「親睦」となります。同クラブではその点から邦訳の間違いを指摘しているようです。日本人はかなり英語の得意な人でも可算、不可算を瞬時に区別できる人は少ないようで、従って冠詞のつけ方に苦労するようです。ちょうど、日本人は何の苦労もせずに「て、に、を、は」が使えるのに、外国人は苦手なのと同じです。しかし、比較言語学の専門家に聞くと、米語では可算名詞と不可算名詞の使い方がかなり混乱している模様なので、この点のみを重視して翻訳すると、いわゆる木を見て森を見ず的な翻訳になる可能性もあるようです。
定款を変更しようと思えば規定審議会の承認が必要になりますが、これは英文の正文を変更する場合であって、訳文の意味や解釈について疑義が生じた場合に、原文である英文にさかのぼって、意味が理解できるように翻訳しなおすことは、なんら問題はないと思います。そこで、東大阪みどりロータリークラブがされた邦訳の見直し作業に倣って、私なりの解釈をご披露したいと思います。どうぞ皆様方も、自分の感性にぴったり合致する翻訳をして、この「ロータリーの目的」の本当の意味を十分理解してください。
主文
The Object of Rotary is to encourage and foster the ideal of service as a basis of worthy enterprise and, in particular, to encourage and foster:
@ the Object of Rotaryは国際ロータリー定款および標準ロータリークラブ定款の第4条において、ロータリーの目的を定めた最も重要なドキュメントであり、決して信条や綱領Creedといった抽象的なものではありません。これを綱領と邦訳することによって、ロータリーの目的がはっきり理解できないロータリアンが生まれる大きな原因となっているのではないでしょうか。the
Object of Rotaryの正しい邦訳は「ロータリーの目的」です。
A encourageを「鼓吹」と訳すことには時代錯誤を感じます。「奨励」の方が一般的で素直な訳です。
B 米山梅吉はThis Rotarian Age (邦題 ロータリーの理想と友愛)の邦訳に当たって、the ideal of serviceを「奉仕の理想」と訳しました。それ以来、日本のロータリーの世界では奉仕の理想という言葉が定着しているようですが、一般の人にとってはもちろんのこと、ロータリアンにとっても甚だ難解な言葉であることは間違いありません。serviceを「奉仕」と訳すこと自体いろいろと疑義があるところですが、この際、奉仕はそのままさて置くとしても、idealはその語源から考えても理念と訳すほうが適切ではないでしょうか。従ってthe
ideal of serviceは「奉仕理念」と訳すほうが理解しやすいと思います。
C a basis of worthy enterpriseは素直に、「有益な企業活動の基本として」と訳したほうがきれいな文章になるのではないでしょうか。
D in particularはこの場合、「特に」ではなく、「詳細は」と訳すべきです。
以上の点を勘案してこの主文を邦訳すると次のようになります。
「ロータリーの目的は、有益な企業活動の基本として、奉仕理念を奨励し育成することである。その詳細は以下の項目を奨励し育成することである。」
付帯説明第1項
1. The
development of acquaintance as an opportunity
for service.
E acquaintanceという単語に関して、東大阪みどりRCは、この単語は不可算名詞なので「知り合い」という訳は間違いで「面識」と訳すべきだという見解です。しかし、1927年にイギリスのVivian
Carterが書いたThe Meaning of Rotaryの第4章Acquaintance and Fellowshipには、The development
of acquaintance as an opportunity for serviceという節があり、acquaintanceについて次のように説明しています。「acquaintanceという言葉は、通りや列車やバスの中や、クラブやレストランの中で偶然話し合ったり、会釈をしたり、微笑んだりする程度の、friend「友人」とstranger「見知らぬ人」との中間に属する、ちょっとだけ、または表面上だけ知っている人という使われ方をしている。」この文章を見る限り、acquaintanceは「面識のある人」すなわち「知り合い」と訳すのが正しいのではないかと思います。
「心の友を得る」「親睦を深める」と説く人もいますが、それは間違いです。確かに初期の「ロータリーの目的」にはThe promotion of good
fellowshipという文言があり「親睦を深める」ことが目的の一つでしたが、1918年からはThe development of acquaintance「知り合いを開拓する」ことに変わったのです。すなわちクラブの中で会員同士が親睦を深めるのではなくて、知り合いの人をどんどんロータリ運動の中に引き込んでいこうという意味なのです。
「1 奉仕の機会を得るために、知り合いを開拓すること」
付帯説明第2項
2. High ethical standards in business and professions; the recognition of the worthiness of all useful occupations; and the dignifying of each Rotarian’s occupation as an opportunity to
serve society
I an opportunity to serve society というフレーズは、単にHだけに係るのではなく、FGHに共に係ると考えるべきです。
Fは事業および専門職務の高い倫理基準を保ち、Gは世に有用なすべての職業の価値を認識し、Hはロータリアン各自の職業を威厳あるものにすることを意味します。
ロータリー運動の中核となる職業奉仕を強調するために、毎回のように年次大会で修正が加えられ、最終的にこの文章に落ちついた模様です。
「2 社会に奉仕する機会を得るために、事業および専門職務の高い倫理基準を保ち、世に有用なすべての職業の価値を認識し、ロータリアン各自の職業を威厳あるものにすること」
付帯説明第3項
3. The application of the ideal of service in each Rotarian’s personal,
business, and community life
J applicationは単なる適用ではなく「実践」と訳すべきでしょう。
ロータリー哲学は実践哲学ですから、行動が伴わなければなりません。例会を通じて奉仕理念を研鑽し、みずからの個人生活、職業生活、社会生活の場で、奉仕活動の実践に移さなければなりません。職業生活の場における実践が職業奉仕、社会生活の場における実践が社会奉仕および国際奉仕となります。
「3 個々のロータリアンが自らの個人生活、職業生活、社会生活において、奉仕理念を実践に移すこと」
付帯説明第4項
4. The
advancement of international understanding, goodwill, and peace through a world fellowship of business and professional persons united in the ideal
of service
K a fellowshipは可算名詞なので「団体・組織」を意味します。従ってa world fellowshipは世界的親交ではなく「世界的な組織」と訳すべきでしょう。
国際奉仕の実践に関しては、すでに付帯説明第3項の中で「社会生活」の中に含めて述べられているのですが、1921年に初めてアメリカを離れてスコットランドのエジンバラで開催された年次大会を記念して、この条文が加えられました。
「4 奉仕理念に結ばれた、事業と専門職種の人たちの世界的な組織を通じて、国際理解と親善と平和を促進すること」
以上の点を勘案して国際ロータリーおよび標準ロータリークラブ定款第4条を翻訳しなおすと、次のようになります。現行の定款と比較してみてください。ずっと判りやすくなったはずです。
現行定款第4条
「綱領」
ロータリーの綱領は、有益な事業の基礎として奉仕の理想を鼓吹し、これを育成し、特に次の各項を鼓吹育成することにある
1. 奉仕の機会として知り合いを広めること
2. 事業及び専門職務の道徳的水準を高めること。あらゆる有用な業務は尊重されるべきであるという認識を深めること。そしてロータリアン各自が、業務を通じて社会に奉仕するために、その業務を品位あらしめること
3. ロータリアンすべてが、その個人生活、事業生活および社会生活に、常に奉仕の理想を適用すること
4. 奉仕の理想に結ばれた、事業と専門業務に携わる人の世界的親交によって、国際間の理解と親善と平和を推進すること
東大阪みどりRC修正翻訳 定款第4条
「目的」
ロータリーの目的は、価値ある企業活動の基礎として奉仕の理念を奨励し育成すること、詳しくは、次の事項を奨励し育成することである
1. 奉仕の機会を得るときには、面識を深め人間関係を発展させること
2. 社会に奉仕する機会を得るときには、企業と専門職が有する高い倫理基準を保ち、役立つ仕事はすべて価値あるものと認識し、そして、ロータリアン各自の職業を尊厳あるものにすること
3. ロータリアンの一人一人が、個人として、職業人として、地域社会の一員として、奉仕の理念を実地応用すること
4. 奉仕の理念に結ばれた実業家と専門家の世界的な団体を通して、国際理解、親善、平和を促進すること
田中修正翻訳 定款第4条
「目的」
ロータリーの目的は、有益な企業活動の基本として、奉仕理念を奨励し育成することである。その詳細は以下の項目を奨励し育成することである。
1 奉仕の機会を得るために、知り合いを開拓すること
2 社会に奉仕する機会を得るために、事業および専門職務の高い倫理基準を保ち、世に有用なすべての職業の価値を認識し、ロータリアン各自の職業を威厳あるものにすること
3 個々のロータリアンが自らの個人生活、職業生活、社会生活において、奉仕理念を実践に移すこと
4 奉仕理念に結ばれた、事業と専門職種の人たちの世界的な組織を通じて、国際理解と親善と平和を促進すること
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